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シュルルの罠

V5.5

シュルルの罠 午後のリビング 光が差して 私は掃除機を そっと走らせた ソファの下から 丸まった靴下 こんなところに また放り出して しょうがないなって 少し笑った こんな日々もまあ 悪くないと思った お菓子のかけら 小さな埃 家族の跡を 吸い込んでいく ブーンと鳴る音が 妙に優しくて 今日の私は 平和を噛みしめた 部屋は片付いた 床も見えた 私は勝利の 息をついた 残る仕事は あとひとつだけ 巻き取りボタンに 指を伸ばした シュルル シュルル コードが走る 掃除が終わった その後で シュルル シュルル 罠が目覚める 温かな部屋の 隅に潜んでいた シュルル シュルル ただの家電と 思っていたのが 間違いだった プラグが跳ねた 床を蹴った インディの鞭ほど 正確だった 甘いわ その軌道は読んでいた 私はひらりと 身をかわした 令和の軽業師 そう呼ばれた私 着地も決まり 勝ったと思った その瞬間に 足首のあたり コードがするりと 巻きついていた この私を 捉えただと 回避の後まで 読んでいたの 足元を見れば 黒い線が 飢えた蛇みたいに まだ余っていた シュルル シュルル コードが笑う 見切ったと思った 一撃の後 シュルル シュルル 床から絡む 誇り高き足首が 今さら震えた シュルル シュルル 巻き取るならば せめて優しく 戻っておいで 片方のスリッパが さらわれていく 私は叫んだ たかがスリッパ くれてやるわ 持っていきなさい だけどコードはまだ 満ち足りてない 見えているわ 次はこの指ね ボタンへ伸ばす この指を狙うのね プラグが迫る 時が止まる 私は勝負の 呼吸を読んだ 違う コードは 私を見ていなかった 絡め取っていたのは 夫の靴下 それを 顔面へ 飛ばした シュルル シュルル コードの罠に 心のほうが 先に折れた シュルル シュルル プラグじゃなくて 靴下だけは 顔に飛ばすな シュルル シュルル 私は負けた 令和の軽業師は 床に膝をついた シュルル シュルル 掃除機だけが 何も知らない顔で 静かに収まった 顔面に乗ったままの 夫の靴下 夫の苦労と 生活臭がした ああ お仕事 大変ね そうだ ビールを 冷やして おか ない と