Song Cover Image

帰りつく為の歌

V5.5

昔この水路に ひとりの娘あり 灯を持たぬまま 舟を導きし 霧深き夕べ 岸辺に立ちて 声を灯して 水面へ歌う 低き調べは 岩場を告げて 高き響きは 流れを示す 歌の切れ目は 進むなという 帰れ 帰れと 命を守る声 それは水底へ 誘う歌じゃない 舟人たちを 帰すための歌 川霧に立つ 名もなき娘 灯台の代わりに 声を灯した 水と空との 境が消えて 櫂の音さえも 迷う夜には 彼女の歌が 岸を描いた 帰るべき道を 霧に浮かべた 舟人たちは その歌を頼り 家の灯りへと 辿り着いた 母の待つ戸口 子の眠る部屋 そのすべてへと 戻るために それは水底へ 誘う歌じゃない 舟人たちを 帰すための歌 川霧に立つ 名もなき娘 灯台の代わりに 声を灯した ある夕暮れに 霧は重くて 一艘の舟が 流れを失う 叫びは遠く 鐘も届かず 舟は岩場へ 向かい始めた 娘は歌う 声を張り上げ 戻れ 戻れと 水へ踏み出す 少しでも近く 届く場所まで 流れの中へ 足を進めた 舟はかろうじて 岩を逃れて 岸の灯りへ 帰り着いた けれど娘は 戻らなかった 霧深き水に 声だけ残し それは水底へ 誘う歌じゃない 舟人たちを 帰すための歌 川霧に消えた 名もなき娘 灯台の代わりに 命を灯した 時は流れて 意味は削がれて 美しき声と 恐れだけ残る 帰れの響きは おいでと聞こえ 守りの歌は 呪いと呼ばれた 誰が彼女を 怪異と呼んだ 誰がその歌を 水底へ沈めた シエラは弦を 静かに鳴らし 失われし意味を 水面へ返す これは水底へ 誘う歌じゃない 舟人たちを 帰すための歌 川霧に立つ ローレライよ あなたの名を今 歌い直さん 呪いの名など 返しはしない 恐れの名など 残しはしない 帰れと祈り 命を守りし その歌にこそ 名を返さん これぞ 名を取り戻す 歌