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尾根を渡る風

V5.5

[Verse 1 — 春] 雪どけの水が 谷を走っていく 湿った土に 大きな足跡 冬を越した身体が 木の根を掘る 倒れた幹には 新しい爪あと 少し下では 畑を耕す音 まだ互いの姿は 見えていない [Chorus] 山には山の朝があり 町には町の朝がある 誰かが決めた境界を 風は知らずに越えていく 黒い背中が 木々の向こうへ消える 今日もただ 食べるものを探している [Verse 2 — 夏] 木陰で身体を伏せ 沢の音を聞く 倒した石の下 アリの巣を探す 遠くで草刈機 犬が一度吠える 顔を上げる しばらく止まる そしてまた 森の奥へ歩いていく 川の向こうでは 子どもたちの声 同じ午後を 別々に過ごしている [Chorus] 山には山の道があり 町には町の道がある 地図に引かれた境界を 獣は読むことができない 人の声がすれば 向きを変える日もある それでも腹は減る 夏はまだ 続いている [Verse 3 — 秋] 木の実が少ない年だった 一本目の木 何もない 二本目の木 何もない 落ち葉を踏んで 尾根を下る 夕方 見たことのない匂い 柿の実 生ごみ 灯り 道路の向こうで 軽トラックが止まる 熊も止まる 人も止まる ほんの数秒 互いに 動かなかった [Bridge] 翌朝 畑の端に 足跡が残る 倒れた柵 折れた枝 食べかけの柿 「熊が出た」 町に言葉が広がる 山では その言葉を知らないまま 一頭が 斜面を登っていく [Verse 4 — 冬] 初雪の日 尾根に続いていた足跡は 途中で消えた 撃たれたのか 山へ戻ったのか 眠る場所を見つけたのか ここからでは 分からない 雪が降る 畑にも 道路にも 爪あとにも 昨日まであった境界が 白く埋まっていく [Final Chorus] 山には山の一年があり 町には町の一年がある 近づきたくて 近づいたのか 追われたくて 来たのか その答えを 足跡は 残していない 春になれば また谷を 水が流れる 誰のものでもない朝を 鳥が先に 見つけている [Outro] 雪の上 消えかけた ひとつの足跡 その先には 何もない 風だけが 尾根を渡る