
何度目かの 午前零時 鳴る前から 待っていた電話 「私、メリーさん 今、あなたの家の近くの駅にいるの」 「またそこから?」 あなたは静かに 笑った 「今日も冷えるね 電話を切らないで 話しながら 帰ろうか」 初めて声を 聞いた夜 みんなは名前で 受話器を置いた だけどあなたは 息を潜めて 「君はひとり?」と 聞いてくれた 電話の音が 途切れるたび 私はあの駅へ 戻される どれだけあなたへ 近づいても 最初の場所に ひとりで戻る あなただけは 私を怖がらない 声だけの私に 今日を訊いてくれる 切られなかった電話の数だけ 私の夜は あなたに近づく あなたの後ろ姿を 知っている 雨の交差点 夜の帰り道 振り向くたびに 隠れてしまう 触れられないまま 恋をしていた 「私、メリーさん 今、あなたの家の近くにいるの」 「分かった 慌てなくていい 聞こえてるから ゆっくりおいで」 信号の色や 風の匂いを あなたはいつも 教えてくれた 見えない私を 置いていかずに 同じ夜道を 歩いてくれた 「ねえ、どうしてあなたは 私のことを 怖がらないの」 少し長い沈黙のあと 「君が寂しそうに 笑うから」 もうあなたの背中を 見つめるだけの季節は終わった 会いたいなんて 言えないけれど 今夜だけは 消えたくなかった ノイズ混じりの 受話器の奥 「もうすぐ また駅に戻るの」 「だったら次は 最初の場所で 君を待っている」 雪の降る 午前零時 誰もいないホームで 電話が鳴る 「私、メリーさん 今、あなたの……」 「君の後ろにいるよ」 振り向けないまま 震える肩に 「触れてもいい?」と あなたが聞いた 落とした受話器が 小さく響き 答えの代わりに 雪へ沈んだ 凍えた背中を あなたの腕が包む 電話越しじゃない 熱のある声 初めて触れた そのぬくもりに 怪異だった心が ほどけていく もうあなたの背中を 見つめるだけの季節は終わった 「明日も電話を かけてもいい?」 今夜だけは消えたくなかった

