
屋上に出ると、柔らかな風が成美の頬を撫でた。自販機の前で、彼女はふと手を止める。 (たしか……) 視線の先にあった、いちごミルクの紙パック。前に雪乃が「これ好き!」と笑っていたのを思い出す。 「……あの子、こういうの地味に覚えてると喜ぶんだよな」 自分のオレンジジュースと並べて、成美はふたつ購入し、屋上のベンチへ向かった。 「呼び出し、ありがとね」 そう言って迎えてくれた雪乃に、成美は無言でいちごミルクを差し出す。 「……好きだったでしょ」 「……ありがと、なるみん」 雪乃の笑みは、ほんのりとした桜色みたいで、春の空に溶けていた。しばらく沈黙が流れたあと、雪乃はぽつりと語り出す。 「なるみん、どう?お仕事慣れてきた?」 「ぼちぼちかな…?いつもクタクタで家に帰ってそのままバタンキューだよ」 「あはは、最初のうちは私もそうだったから。そのうち慣れてくるよ。そうそう、なるみんに話しておきたいことがあって。暗い話だけどいい?」 「うん、ゆきのんが良ければ」 すると、雪乃の笑顔は少し遠くを見つめるかのような、どこか儚げな表情に変化する。 「〇〇病院大量殺人事件、知ってる?」 「うん」 「五年前の大規模霊障事件。○○区の病院で起きたやつ。私、あれに巻き込まれたの。家族も、家も、全部……そのときに失った」 ジュースのストローを握る指がかすかに震える。 「気づいたら、自分も瀕死で。もう終わったって思ってたけど、ここの人たちに拾われたの。物扱いみたいに運ばれて……でも、生きてた」 成美は静かに雪乃の言葉を受け止めていた。 「最初は、誰とも話せなかった。反抗して、命令無視して、どうせまた全部壊れるって思ってた。でも、十三課に来て変わったの」 雪乃は、風に揺れる髪を払いながら成美を見た。 「……課長も、日向さんも、沙耶さんも。みんな不器用だけど、あたたかくしてもらえて。私、ここが、自分の居場所だって思えるようになった」 そのとき、成美はふっと微笑んだ。そして、言葉を紡ぐ。 「……それは、ゆきのんの“意志”だよ」 一拍の間。 その言葉が、空気の奥まで染み渡ったあと、いつもの天使のような笑顔が、雪乃の顔に広がる。 「……その通りだよ、なるみん。私、自分の居場所はここだと思ってるの!」 雪乃の声が、強く、まっすぐだった。 そして彼女は、「えへへ」と、いたずらっぽく笑った。 「なるみんって、よく人のこと見てるよね」 「そっかな?ゆきのんだからかもね」 「あはは!なにそれ!」 それは、成美の胸にふわっと広がるようなやさしい笑顔で。どこかで張っていた緊張の糸が、ゆるやかに溶けていくのを感じた。 (その意志の強さは、ゆきのんの努力の証拠だよ) その言葉は心からのもの。 口に含んだオレンジジュースの甘さが、ほんの少しだけ強く感じられた。

