
Two Territories (Japanese Edition)
自動ドアが開くたび 夜の冷気が足首を掠めていきました カゴの重さを持ち直しながら 彼女と私は 同じ値札の数字を見つめていました 退勤のベル 背に受けて 駅前の明かり 吸い込まれ 特売の棚 並ぶ指 詰め替えの洗剤 底値を選ぶ私 「これ、新作の香りがするの」 笑う彼女の 白い爪 限定のリップ 手にとりて 母の好みを ふと思い出すように 改札の前 二つに分かれる 上りのホームと 下りの階段 「また明日ね」の 軽い声 スマホの画面が 青く点滅する 彼女へ届く 「夕飯は何?」 待つ人のある 温もりの重さ 私の画面は 静まりかえり 明日の天気だけを 淡く伝えている どちらの暮らしにも 風が吹き それぞれの盾を 胸に掲げている 値引きシールの 赤い角をそっと剥がし 守り抜く部屋の 小さな静けさ 自由という名の かすかな冷たさを 両手に抱きとめて 階段をのぼる 鍵を差し込む 冷たい真鍮 靴を脱ぐ音だけが 廊下に響く レンジの数字が ゼロへと戻り ひとり分の夜が 静かに満ちていく 同じ時刻の 遠い街で 彼女は食卓の 椅子を引いているだろう 家族の笑い声に 頷きながら 閉ざしたドアの向こうの 自分を探して 羨むことも 憐れむこともなく 私たちはただ それぞれの領分を生きている 誰かに預けた未来の重みと すべてを背負う孤独の軽やかさ すれ違う轍の その先に 同じ月が 白く浮かんでいる 大それた夢は 語らぬまま 今日という日を 丁寧に畳んでいく 細いグラスに 弾ける炭酸 髪どめを外して 肩を緩めれば 明日へ向かう顔が そこにひとつ 静かに灯る 私の城のなか 冷蔵庫の低い唸り声 充電器を差す、小さな手応え チェーンを掛けたドアの向こうで、夜が深くなっていきます 大丈夫 この部屋の呼吸は、私だけのもの

