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The Road to Still Waters (Japanese Edition)

STUDIO

助手席を埋める 三つの段ボール ルームミラーを遮る 冬のコートの山 料金所のゲートを潜る度 都会の灰色の直線が 低く遠ざかっていく 握りしめたステアリングの冷たさが 強張っていた私の指先を まだ離さない あの人の香水の名前すら 知らないまま 部屋の鍵を置いてきた 後部座席で小さく鳴っていた電子音が ふいに途切れて 静かな風の音が満ちる コンクリートの壁が消え去り 地平線まで広がる 刈り取られた麦の畑 「ママ、見て、大きなサイロが光ってる」 窓を少し開けた息子の頬を 土と乾いた草の匂いが撫でていく ああ、この広大な大地が この子に初めて「おはよう」と挨拶をしてくれたみたい 台所に立ち続け 誰かの好みの味に整えて 泥だらけのシャツを洗い 手を拭う毎日 気づけば十年という歳月が すり抜けていた 私は何が好きで どんな夢を見ていたのかしら 名乗る肩書きを全て失くしたら ただの、名前のない一人の人間 車は古いエンジンの唸りをあげて 深い針葉樹の山道を登っていく 岩肌を削るように走る急流が 傾いた陽射しを受けて琥珀色に砕け散る 山を越える風は何処までも澄みわたり 私の胸の奥に淀んでいた痛みを ひと吹きで吹き払っていくよう 自分だけの時間なんて 欲しくはなかった 大きな成功や看板がなくても ただ、ひとつの食卓を囲んで 互いの白髪の数をやさしく笑い合って 同じ速度でゆっくりと年老いていければ それで十分だった それが、私のたったひとつの望みだったのに 長い下り坂を抜けた先 視界いっぱいに広がる 青く澄みわたる湖 波打ち際の柔らかな光が 洗い流していく 誰かを責めたい弱さを 夫婦とは、ただ共に歳月を刻み 老いてゆく姿を見守り合う静かな約束 世界はこんなにも広くて 大地はこんなにも永い時間を息づいている 車を止めると ゲーム機を座席に放り出したまま 息子が歓声をあげて 湖の岸辺へと駆けていく 「ママ、早くおいでよ!」と手を振る小さな背中 大丈夫、この街をあなたもきっと好きになる 小さな靴が 波打ち際の光を弾いている この子の手を引きながら ゆっくりと歩んでいこう いつの日か、私の傍らで 同じ歩幅で歳月を重ねてくれる 誰かと出会えることを信じて さあ、深呼吸をして、新しい空の下へ