塔の夜には 歌が落ちて 石の床へと 静かに染みる 魔女の声だと 誰かは言った されどその歌は 祈りに似ていた 扉の前で 若き騎士は 槍を抱えたまま 耳を伏せずにいた 人を惑わす 歌だというなら なぜこんなにも 寂しく響く エリアスはただ 任を守り 疑いの火を 胸に隠した されど城には 冷たい目あり 監国査察官 塔を見上げる 魔女に楽器を 持たせたままか 愚かなことよと 低く笑った 命を受けて 騎士らは進む 塔の扉が 軋みを上げる シエラはそっと マンドリン抱き 渡せぬものだと 首を振りたり これは武器では ありません これはわたしの 旅のすべて エリアスは 目を逸らさず その弦を渡せと 静かに告げた 命令なのか 祈りなのか 彼の手さえも わずかに迷う 奪われし弦 途切れし歌 少女の指から 音がこぼれる 胸から剥がれた 魂のように マンドリンだけが 騎士の手に残る その瞬間に シエラは揺れて 糸の切れた 人形のように倒れた 塔の中から 歌が消える 石の沈黙が 夜を呑み込む 脱走だと 騎士らは叫び 城の廊下を 足音が駆ける されどエリアスは ひとり思う 吟遊詩人が 弦を捨てるか あれほど古く 使い込まれた 魂の器を 置いて逃げるか 彼は向かう 灯なき倉庫へ 没収されし 楽器のもとへ 埃の中で 月も届かぬ 木箱の影に 少女は眠る 腕には深く マンドリン抱き まるでそこへ 帰り着いたように エリアスは 息を呑んだ これは魔女か 囚われた子か 分からぬままに 剣を抜かず ただその名を 静かに呼んだ 吟遊詩人よ 目を覚ませ 聞かねばならぬ ことがある 目覚めた少女は 何も知らず なぜここにいるかも 答えられない 逃げたのではない 戻ったのでもない ただ弦のそばで 息をしていた エリアスは 鎖を取った 裁きのためと 己に告げる 監国査察官へ 低く告げたり この者は本国へ 移送いたすと 正式なる 異端審問へ 我が部隊にて 連れて行くと されどその道は 本国ではなく 古き廃城へ 静かに曲がる 異端と呼ばれた 枢機卿 ライオネルの 最期の地へ おまえが本当に 真実を歌うなら あの地で何を 歌うのだろう これはまだ 救いではない これはまだ 裏切りでもない 奪われた弦が 導く先へ 若き騎士は 歩みを変えた