僅かに残った微熱まで 朝の湿気がさらっていった 覚えのない筆跡だけが 僕より綺麗な字を書いた 記憶はいつも不親切で いらないところほど褪せない あなたを知らないはずなのに 笑う癖だけ覚えている 薄い硝子の向こう側 触れたつもりで指が冷えた 似れば似るほど遠くなる 名前は今も伏せたまま 面影ばかりを映すから 肝心なあなたが抜け落ちた 空いたところへ嘘を足して それを思い出と呼んでいた 記憶違いで構わない 訂正なんて無駄だろう あなたが一度も知らない夏を 僕だけ今も覚えている 句読点まで覚えていて その一文だけ思い出せない 擦り切れるほど重ねた嘘が いつしか過去の顔をした 西日にそっと翳してみれば 継ぎ目ばかりがよく透けた 破ればすべて済むくせに 惜しくなるのがおかしかった 記憶の端を切り揃え 足りない日々を継ぎ足した 出来上がったその横顔は あなたと呼ぶには偽物すぎた 面影ばかりを映すから 肝心なあなたが抜け落ちた 空いたところへ嘘を足して それを思い出と呼んでいた 忘れる度に増えていく ありもしなかった出来事が 確かなものより鮮やかで なぜか少しおかしかった あなたの声は どんなだったろう? 雨より淡く 紙より脆く 似合わない比喩ばかり増えて 声ひとつ 思い出せないまま 面影さえもいらなかった 初めから何も似ていなかった 思い出せないその人ほど 僕の中ではよく笑った いつか名前も忘れたなら もっと綺麗になるだろう 誰の記憶かわからないまま 知らない夏を覚えている