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食らりrelax(MYCOllaboration)

V5.5

--小説--by Sinーshakaーakaー9 --- 「視点資源」 巡り巡る季節というのが成立するにならばそれは樹齢3億菌糸悪魔に他ならない。完璧な指と完璧な骨格と完璧な美しさを持つ彼女か彼なのかわからない美丈夫微笑風美娼婦。そうでなければ奇説は長すぎる。長いものでないと巻けない。視点とは常に一点を見据えているべきだが美しさはあらゆる引力と斥力を惑わし、しばし視線をチラチラとブレさせる。美しいものは指かもしれないし足かもしれないし腕かもしれないし眉毛かもしれないし顔かもしれないし目元かもしれないし唇かもしれないし鼻かもしれないがきっと胸ではないだろうが、あえて斜め下からそれを眺めてみるのも良いだろう。 「汗腺観戦」 スポーツ観戦というのは素晴らしく、当然ながらスポーツ観戦観戦も素晴らしい。 周知とは羞恥でないならそれは衆知ではない。 私が衆知で探すのは常に双子であるが、我が悪友の美麗なキノコであるただ同じ地元で生まれただけの存在であるミコラからはよくくだらない話を聞く。 あなたのお友達……双子しかいないじゃない……まったく……他者を観察対象としか見てないからそうなるのだわ……逆にいえば観察対象はお友達じゃないわ……あなたは孤独ね……まるで毒毒シネマだわ……なんて暗いバックグラウンドがあればそんな冷徹なtoon tickになるのかしらあまりにもDutch angleなのよ…目も死んだような虹彩じゃない。 「お前の友達はyesmanしかいねいくせに」 「そ、そんなことないんだけどっ!」 「え?」 「え?」 「えっと女の友達はあなたがいるじゃないの」 「え?」 「え?」 「君は双子じゃない」 「古典音楽菌糸法案」 歌を唄うなと言われたのは、テクノを聞いてから100年後であり、魔王マットラーが生まれて999経った日のことであれ同じく没後666年後ありつつも、同じく復活後333年後のことでもある。数字は霧のように広がり、花火のように逆再生される。数字とは明らかに砲撃でありノイズである。ノイズから我らは生まれた。知能とは常にそういうものでカオス的変容が美しくマーブルするのである。メイプルよりマーブルチョコを愛していたのは酩酊のミコラだったが魔王マットラー結局レールガンの凶弾に撃たれた。それは上空3999メートルの菌糸タワーから放たれたものだった。 「前衛音楽家“菌糸悪魔”」 音楽は必要なくても教育は必要だ。 音楽がなくても世界から音は消えない。 いくら静かにしろと言っても静かにならない現状がある。 関係を持たないと意識しても社会とは関係を持たないと生きていけない。 私、オットー=マッドアリは10秒間に「静かにしろ」と3回言うタイプの男だった。 生徒も寝るよな平和な社会。 ニュースが示すただの事実はどこどこの警察が盗撮をしたとか、どこどこの教師や講師が淫行をしたとか、そんな話ばかりで馬鹿だらけ。 だが誤解しないでほしい。私は優秀な知的生命体である。つまりだいたいカオスは制御できる。 私が10秒間3回「静かにしろ」というのは単にリズムの問題である。 千年に一度しか生まれないレベルの美形が3人も我が学舎に集結した奇跡。千三百年教師をぴやってた甲斐があったというもの。 これは関係を持たざるを得ない。あらゆる権力を濫用してでも。 だが誤解しないでほしい。私は優秀な知的生命体である。つまりだいたいカオスは制御できる。 まずカオスを説明させて欲しい。 カオスとは成長であり多様性でありまだ見ぬ正解を追い求める総当たりのようなものだ。 なので正解を規定する中央政権を否定するところから始まり、おおよそ自由な資本主義となる。予測不可能な社会だからこそ知性は夢を持たなければならない。 ようするに私達は菌糸ネットワークということになる。 知性とは能力の偏差であり、外れ値や異常値がいつも一定の確率で生まれ出る。 今回の肝はそれであり落ちこぼれで引き篭もりだ。 引き篭もりは授業に出られない。でも義務教育というものがある。教育を受けさせる義務が教師にあるのだ。 なので録画しなければならない。授業内容を、授業風景を。 編集しなければならない。そこが肝だ。 歌唱とは大きな声ということだ。ドラムとは叩くと言うことだ。 つまり叱れば音楽になる。いや勿論古典音楽ではない、前衛音楽だ。なので違法性はない。誰にも私を逮捕できない。そもそも私はただ教師業務をしているだけなのである。そして教師とは激務であるがゆえ、間違えて引き篭もり向け教材を、DAWで開いてしまったり、うとうとしながら間違えてよくわくわからずピッチ矯正してしまっても不可抗力なのである。 私は指導者でありつつ指揮者である。指揮者とはカオスから秩序を汲み出す水を運ぶ人ということだ。水色といえば444件の不正をした疑惑のあるあのフットボールのチームが大好きだ。なぜならばボールをもっとも戦術的に保持して勝つチームだからだ。 水色は何より美しい。透明だからだ。 当然、透明性が重視されるこの我ら菌糸ネットワークでは、授業要約は全世界に向けて発信される事が好ましいとされている。 なぜならば未来予知者が支配する中央政権的な龍華国とは違い、我らは分散主義だからだ。未来予知ほど透明性のない正しさはない。 菌糸黒板を引っ掻く音。眠ってる生徒を起こして驚かせた時の素っ頓狂な声、宿題を増やした時の「え〜〜!」という声、椅子の脚が床を擦る嫌な倍音、チョークが折れる高周波チャイムの音。全てが偶然な音楽的潜在能力を秘めていた。あるいは静けさですら音である。激務故全てのノイズは除去できないのでたまたま、音楽っぽく編集できてしまうこともなるだろう。 そんなこんなで100%安全な前衛音楽は作り出すことはとても簡単なことではないのだ。 とくにこんな御時世では。 なぜならば古典音楽が中央集権を呼び民族浄化を導くからである。ゴリ押し愛国主義は嘘すら塗り替える。音楽の隠し子であるブリッツバッハは、とある島国では未だに音楽の父と呼ばれている。 この世界において中央集権は腐敗の温床でそれがだいたい悪いことになっている。 古典音楽とは洗脳であり高揚であり再生で循環で停滞だ。 同じことの繰り返しはあまりにも虚しい。 再生とは古典でありあまりにも古すぎる。 新しくなければ生まれた意味はない。 それが前衛だ。前衛芸術以外は創造性も創作性もないのでまとめて法律で禁止されて当然だ。 ---以下 Lyrics --- 《食らりrelax(MYCOllaboration) 》 視点ふわり 支点ぐらり きのこ人ふたり寄り掛かり 菌糸くるり 瞼うるり 視界の端で揺れる光 ミコラぽろり 胞子きらり ほっぺた伝ってとろりんだり エノキすらり 言葉なぞり するする絡んで重なるなり シメジぎゅっと 意味を搾って じわっと滲む想いのスープ ナメコぬるん テーブル伝って 肘がぴとりでくるっとループ マイタケくるん くるくる廻る 目線が合うたびふにゃっとなる 視点ゆらり 焦点甘く どこ見ても同じ温度になる 𖤣𖥧︎︎𓂃𓈒𓐍🍄‍🟫.𖤣𖥧︎︎𓂃𓈒𓐍🍄 ぬめぬめ きゅんきゅん とろとろ回路 ふわふわ じんわり つながるサイン まだ言わない でも伝わる 菌糸で全部拡がるみたい 𖤣𖥧︎︎𓂃𓈒𓐍🍄‍🟫.𖤣𖥧︎︎𓂃𓈒𓐍🍄 羞恥しゅわり 周知ふわり 衆知ぐるぐる混ざりあい 双子みたい でも違うみたい 境目あいまい揺れてる愛 トリュフこそこそ 奥でころころ 掘れば膨張らむ秘密の層 エリンギすっと 真っ直ぐすっと 目線を連れていく一直線のフロー キクラゲふにゃり 耳元ふわり 声の余韻が優しく残り ヒラタケひらり 広がる二人 逃げ場なくなるのに何故か嬉しい 「え?」ってぽつり でもにやり 胞子をぶわっと届けてひらり 瞬きひとつ 揺れる光 視線の端で滲む灯り 間合いがそのまま 熱を持って 寄るほどじわり 満ちていく理 𖤣𖥧︎︎𓂃𓈒𓐍🍄‍🟫.𖤣𖥧︎︎𓂃𓈒𓐍🍄 とろとろ きゅるきゅる まわる思考 ぬるぬる じわじわ ひらく感情 まだ触れない でもわかってる 見てるだけで満ちてく波動 𖤣𖥧︎︎𓂃𓈒𓐍🍄‍🟫.𖤣𖥧︎︎𓂃𓈒𓐍🍄 まわる まわる 菌糸がまわる つたう つたう 気配がつたう ぬめる ぬめる 境目ぬめる ひらく ひらく 内側ひらく ミコラ ミコラ こぼれる粒子 ひそむ ひそむ ふたりの回路 𖤣𖥧︎︎𓂃𓈒𓐍🍄‍🟫.𖤣𖥧︎︎𓂃𓈒𓐍🍄 中央とかもう いらないね いらないね ふたりで回ればいいよね 菌糸ネットで きゅっと結んで ほどけないままでいいよね 古いカタチは ぽろぽろ落ちて 新しい熱が残るね “視点そのもの”が恋してる そんな感じで揺れてるね