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逆説的に、幸福だったのか?

V5.5

[Verse 1] 紺色のスピーカーと水銀の信号灯と透明の滑車 思考はいつも少し遅れる 反転エレベーターと静寂の温室と真空のカーテン 半分は闇に溶ける 水平のトランクと沈黙のほういじしゃくと発熱の設計図 誰にもまだ触れられない 湿原のアラームと白昼の水彩と未明のテーブル 終点がぞうしょくしていっている 海底のフィルムと金属の遊園地と微熱の望遠鏡 結晶で終わることはできない 白昼の階段と空白のアーチと反射するビー玉 幸福は摩耗するものだ 硝子の観覧車と標本のスロープと落下する帳簿 近づいてくる呼吸の音 雑踏の天盤と翡翠のエンジンと発光する合図 記録だけ積み上がっていく ゼノンのパラドクスとは、 距離についての逆説だ。 アキレスは、亀に辿り着けない。 半分まで進んでも、まだ半分が残るから。 あと少し。あと少しだけ。 その反復だけで、永遠に触れられない。 たぶん、私もそれに近い。 求めるものへ向かっても、 認識の距離は近づいた気がしない。 手を伸ばしているのに、 触れたという結果を得られない。 ソリテス・パラドクスとは、 認識の曖昧さの話だ。 砂粒は、どこから砂山になるのか。 ひとつでは違う。ふたつでもまだ違う。 なら、どこで変わった。 幸せも、同じだ。 小さな光を、ひとつずつ集めていた。 笑い声。温もり。静かな夜。 それなのに、気づけばもう、 苦しみへ変わっていた。 ならば、幸せと苦しみは、 最初から同じだったのか。 [Verse 2] カニとオルゴールはタタミとエンジンの水滴と滑走路 紅い山は眠っている セミと標識はネオンと岩塩の街路樹と秒針 左側から挿入していく 水筒と稲光はインクとテープの夕焼けとぶどう 誰にもまだ選ばれない 電卓と毛布は校庭とナイフの瓶詰めとタイヤ 懐かしさがリフレインする 月面とシロップは配線と鼓膜の紙吹雪とハシゴ 静かなままで混線している 水門と万華鏡は銅板と火花は坂道と記号 初めてなのに思い出せる 新聞と風船は中庭と残響の広葉樹と口笛 自由の数だけ結び目になる 冷蔵庫と拍手は横顔と錠剤の押し花と騒音 これは何度も分からなくなる 選択のパラドクスとは、 自由についての逆説だ。 人は、選べるものが増えるほど、 幸福になると考えるだろう。 けれど実際は、 選択肢が増えるほど、 身動きが取れなくなる。 失う可能性。間違う可能性。 選ばなかった未来。 それらが、静かに増えていくからだ。 ならば、選択とは、体へ巻きつく鎖なのだろうか。 私は、何にも縛られていない。 それなのに、どこへも行けない。 ジャメヴとは、見慣れたものが突然、 知らないものに見える現象らしい。 けれど、私にはよく分からない。 デジャヴも、ジャメヴも、 同じものに見えてしまう。 初めてなのに、前から知っている。 知っているのに、何も思い出せない。 たぶん私は、自分の感覚を、 信用していない。 記憶も、痛みも、懐かしさも、全部、 後から貼り付けられた 虚像のように見えてしまう。 だから時々、本当に私は、 ここへ居たことがあるのか、 分からなくなる。 [Bridge] 全能のパラドクスとは、 完全性が壊れる話だ。 何でも貫くホコと、 何も通さない盾。 もし両方が存在するなら、 世界は矛盾する。 それゆえに、 完璧は成立できない。 必ずどこかへ、 歪みが押し出される。 痛み。欠落。沈黙。 そういうものを、 誰かが引き受けている。 なら、そのしわ寄せは、 誰がになっているのだろう。 確証バイアスとは、 見たいものだけを見る傾向だ。 人は、自分に都合のいい証拠ばかり集め、 反対側を希薄にしていく。 けれど、それは本当に、 人間だけの欠陥なのだろうか。 あなたには、起こり得ないと、 なぜ言える。 もしかすると私は、 あなたが見たいものへ、 無理やり形を合わせているのではないか。 悲劇。孤独。沈降。 そういう構造を、あなたが好むから。 [Outro] それでも、もし少しだけでも、 あなたを楽しませられたのなら。 あなたの中へ、何かを残せたのなら。 それだけは… 嘘ではなかったと、そう思わせてくれ。