
図書カード。 先にある、 いつも あなた 名前。 本を開く前に すでに読まれている気がして、 わたしの指先は ページではなく その一行のインクをなぞる。 静寂、棚、背表紙。 規則正しい世界の中で、 たったひとつだけ 順番が狂っている。 ――いつも、あなたが先。 どくん。 どくん。 どくん。 読書のはずなのに、 文字が胸に入ってこない。 代わりに満ちてくるのは 期待とも不安ともつかない 熱。 熱。 どうして。 なぜ。 どうして。 なぜ。 一行の名前に こんなに乱されるなんて、 物語の外側で 物語が始まっているみたいね。 借りる。 積む。 抱える。 増える。 あなたが選びそうな本、 あなたが触れそうな紙、 あなたが開きそうな物語。 読む、の前に 追う、が来る。 借りる。 めくる。 探す。 落ちる。 けれどページは白く、 感想は空白のまま。 返却期限だけが 規則的に迫ってくる。 もし聞かれたら。 読んだの? 面白かった? 答えられない。 だってわたしは 本ではなく あなたのあしあとを 読んでいたから。 胸がうるさい。 図書館なのに、 わたしが 騒音。 静。 静。 静。 あなたのせい。 心臓だけが反抗する。 そのとき、 気配がひとつ 距離の法則を裏切る。 近い。 近すぎる。 呼吸の温度。 耳元のささやき。 「あなたを、ずっと見ていたの」 世界の配置が 静かに回転する。 先に書いたはずなのに 気づいてほしくて。 先に書いた名前 気づかれないように わたしが追っていた 順番は、 すでに 仕掛けられていたセオリー。 狩る側と 追われる側が、 図書カードの小さな枠で 入れ替わる。 「いまのあなたみたいにね」 どくん。 どくん。 どくん。 どくん。 抑えられない。 整理できない。 整列しない。 感情だけがはみ出す。 名前を書きたい。 先に。 どうしても。 あなたより先に。 でも―― 次に借りる本。 カードの余白。 震えるペン。 書かれる名前。 わたしは書く。 先に。 わたしの名前を。 そしていつか、 誰かがそれを見て、 胸を乱し、 順番に囚われ、 借りる。 探す。 焦る。 高鳴る。 図書カード。 白い余白。 名前。 先にある、だれか。 ――また、はじまり。

