海の匂いをはさんだまま 八月を閉じかけている 日焼けした駅のベンチ 影だけ先に秋へ行く 君が残したあしあとは 波より早く消えたのに あの日言えないままのこと 胸の余白に残っている 言えなかった言葉ほど 夕焼けに長く伸びる さよならじゃないふりをして 最後のページをめくった 夏の背表紙に 君の名を書いた 忘れないためじゃなく いつか開けるように 青は終わるたび 深くなるんだね 君がいない九月にも 海は続いている 自販機の青い灯りに 小さな虫が集まって なくした星の代わりみたいに 夜の隅で光っていた 一緒に帰ったさかみちも 今なら少し短すぎて 君を引き止められなかった 理由になんてできなかった 遠ざかったものだけが きれいに見えるのなら 汚れたままの思い出を 僕は抱いていたかった 夏の背表紙に 君の名を書いた 忘れてしまう日にも 帰ってこられるように 青が褪せるのは 消えてゆくからじゃない 次の季節の光へ 溶けてゆくからなんだ 夏が僕らを置いて 遠くへ行ったんじゃない 僕らが別々の秋へ 歩き始めただけだった 閉じた本の向こうから まだ波の音がする 振り返らずに聞けたなら それを明日と呼べるかな 夏の背表紙に 君の名を書いた 戻りたいからじゃなく ここから行けるように 青は終わらない 形を変えるだけ 君がいない九月にも 海は続いている 最後のページを閉じて 僕は秋を歩き出す


