
けつえき けんさしつ で わ、すうじ を みる。 でも、すうじ だけ を みている わけ で わ ない。 せっけっきゅう が へっている。 ひんけつ が ある。 けっしょうばん も すくない。 えーぴーてぃーてぃー と ぴーてぃー が えんちょう している。 ふぃぶりのーげん わ ひくく、えふでぃーぴー と でぃーだいまー わ たかい。 ひとつひとつ なら、ただ の いじょうち かも しれない。 でも、これ だけ の へんか が どうじ に ならんだ とき。 わたし の いる けんさしつ で、これ に きづかない もの わ いない。 きゅうせい ぜんこつずいきゅうせい はっけつびょう を うたがう でーた だ。 ここ から わ、いそぐ。 けつえきぞう を かくにん する。 はっけつきゅう わ すくない。 その、すくない はっけつきゅう の なか から さがす。 たーげっと わ、ぜんこつずいきゅう。 けんびきょう を のぞく。 みなれた さいぼう の なか に、みのがして わ いけない さいぼう が いる。 もし、そこ に ぜんこつずいきゅう が みつかれば、すぐ に つぎ へ つなげる。 えーぴーえる わ、じかん と の しょうぶ に なる。 うたがった だんかい で、いでんし けんさ の けっか を まって から ちりょう を はじめる わけ で わ ない。 ちりょう を いそぐ。 その いっぽう で、こつずい けんさ や いでんがくてき けんさ など が すすめられ、しんだん の かくてい へ むかっていく。 きゅうせい ぜんこつずいきゅうせい はっけつびょう わ、きゅうそく に しんこう し、じゅうとく な しゅっけつ など によって たんきかん で いのち に かかわる こと が ある。 だから、この びょうき で わ「はやく きづく」こと に いみ が ある。 いま わ ちりょうほう が かくりつ されている。 はやく うたがい、ちりょう に つなげる こと が できれば、おおく の かんじゃさん を すくえる びょうき に なった。 でも。 みつけられなければ、その ちりょう に わ たどりつけない。 きかい わ、いじょうち を おしえて くれる。 でも、いじょうち の いみ まで わ おしえて くれない。 なぜ、この すうじ に なった の か。 この くみあわせ わ なに を しめしている の か。 つぎ に、なに を かくにん する の か。 そして、どれだけ はやく つたえる の か。 けつえき けんさしつ で はたらく という こと わ、けんさ けっか を だす こと だけ で わ ない。 すうじ を みる。 その くみあわせ を みる。 そして、その さき に ある さいぼう を みる。 その さいぼう を みつける。 そして、つぎ に つなぐ。

