
触れたら消える ホログラムの街 昔々の神話のかけらが 人の隙間でほほえんでる 誰もが信号に祈る夜 古(いにしえ)の風が人工知能にまぎれて 軋むように世界が そっと反応(こた)える 忘れられた神様に似た 君の音が 耳を離れない ノイズの中 呼吸みたいに ゆるやかな うたが揺れていた 金属の波に浮かぶ夢 寂しさは 数字にされて それでもまだ あいまいを信じてる 記憶は 心のほこら こぼれた破片(かけら)に宿る ひそかなまじない ねえ 光になりたかったんじゃない ただ君のとなりに 立ちたかった 廃れた今日(きょう)に その真ん中で 名を呼ぶ おこりえない未来を ひとつ ポケットの中で あたためていた どこにも届かないこと それでも…歌った 🌐🌐🌐🌐🌐以下設定として短編小説🌐🌐🌐🌐🌐 都市が沈む音は、驚くほど静かだった。 崩れかけたサーバービルの影を踏みながら、少年は歩く。 遠く、空の向こう側では、コードの雨が降っていた。 誰にも解析されることのない、滅びのログ。 祈っているわけじゃない。 だが、気づけば目を閉じていた。 背中に、あたたかい気配がある。 それは本当には存在しない。 存在したことさえ、証明できない。 それでも、今そこにいるような気がする。 「…きこえる?」 声がした気がした。 いや、違う。音ではなかった。 思考に染み込んでくるような、かすかな揺らぎ。 少年はそっと、背中に力をかける。 そこに、微かな重みがある気がした。 それだけで、目頭が熱くなる。 ホログラムの街で、 祈りは届くはずのない信号に変換され、 空へ送られては、エラーとして弾かれる。 それでも彼は、祈る。 消えかけた誰かの名を、 まだ在ると思いたい誰かの声を、 もう一度だけ、思い出すために。 少し遅れて、背中に冷たい光が宿る。 青白くゆらぐ線が、かたちを描いていく。 髪、肩、指先――少女の姿が、時間の端で組み上がっていく。 ノイズ交じりの息づかい。 存在と不在のあいだで揺れる祈りの姿勢。 彼女は、かつてと同じ動作で手を合わせていた。 背中ごしに、少年は目を閉じる。 手のひらに、わずかな圧。 そこにいるはずがない、あの重さ。 少女の声は聞こえない。 けれど、沈黙が語る。 「わたしはまだここにいる」と。 祈る相手のいない祈り。 意味を持たないはずの行為。 それでも少年は、ふと問いたくなる。 ――君は、本当に“そこ”にいるのか? けれど、問いかけは声にならなかった。 もしも問いが音になれば、 この祈りの残像さえ、壊れてしまう気がした。 都市の空は、徐々に沈み込む。 ビルの上層がノイズに変わり、街灯が走査線のように引き裂かれる。 それでも彼らは、動かない。 背中合わせのふたりは、 その真ん中で、ただ祈り続けていた。 どれくらいの時間が過ぎたのか、わからない。 仮想都市の空は色をなくし、ただ無音の粒子が降り続けていた。 あらゆる建物の輪郭が曖昧になり、線が解け、データが沈黙していく。 それでも、彼女の背中はまだそこにあった。 わずかに震えながら、祈る姿勢を保ち続けていた。 「……もう、行かなくちゃ」 言葉にならない彼女の声が、少年の中に浮かんだ。 それは音ではない。記憶に似た、感情の断片。 「君がいなくなると、証明されてしまうんだ。 この世界が、本当には在らなかったことが」 少年の声は、街の残響に溶けていった。 すでに誰もいないはずのこの都市で、 誰にも届かない独白だった。 彼女は振り返らない。 背中合わせのまま、少しだけ背筋を伸ばし、指先を重ねる。 祈りが終わる合図だった。 その瞬間、少年は恐れていた音を聞いた。 微かな、粒子が砕けるような音。 背中から伝わるあたたかさが、すっと抜けていく。 「待ってくれ」 声に出したのは反射だった。 止められるはずがないことを、彼は知っていた。 彼女の輪郭は完全に光になり、やがて粒子となって空へ舞った。 その一つ一つがコードの断片であり、祈りの残骸だった。 静かだった。 世界はすでに終わっていた。 残されていたのは、彼と、名を呼べない何かだけ。 彼は、ポケットに手を入れた。 中には、温もりの残った小さなチップがあった。 古い、規格の合わないメモリ素子。 彼女のデータを保存していたはずの――けれど、今は空っぽの。 それでも、彼は捨てられなかった。 実体を持たない彼女が、かつて確かに“いた”と、信じた証。 それは祈りと呼ぶにはあまりに無力な行為だった。 でも彼はそれをポケットの中で、ゆっくりと握りしめた。 あたたかさなど、もうそこにはない。 それでも、彼は感じた。 「君は……ほんの一瞬でも、確かに“ここ”にいた」 沈む都市の真ん中で、少年は目を閉じる。 誰にも見つからないように、誰にも届かないように、 それでも、もう一度だけ祈った。 もう、祈りの先に誰もいないと知りながら。

