「所在道場(しょざいどうじょう)」と禅家(ぜんけ)では言わるるが、 仏法(ぶっぽう)は世間を離れてあるのでなく、 世間に法が生きている。 道場が清い山林や伽藍(がらん)にあるのでなく、 塵(ちり)の中で生活するそこに仏法がある。 人は所在する、あるがまま。 そこに仏法(ぶっぽう)があり聞法(もんぼう)がある。 念仏の場であり仏法を仰ぐ場である。