
[Intro] ねんねこさっしゃりませ ねたコのカワいさ おきて なくコの ねんころん つらにくい ねんころろん ねんころろん つらにくいコは ぼっけぇシオ まぶしてさ ヒルコのザマよ ねんころん カゲに ながして ねんころろん ねんころろん アワに うかべて ウナバラに とえばさ ナミ ものゆうて ねんころん ねたと ゆうた ねんころろん ねんころろん ねんねこさっしゃりませ シオさ のって ドコまで ゆぐさ ねんころん ヨミまで ゆぐさ ねんころろん ねんころろん ウズシオ まかれて ヨミに おつれば カイに いだかれ ねんころん ヨミに まいらせ ねんころろん ねんころろん ヨミに まいらば なんとな おがむさ いっしょうヒルコが ねんころん マメなぁよに マメなよに ねんころろん マメになりたら ヒカリにも なれよかし アメに のぼりて ねんころん おレイ まいりの ひゃっきやこう ねんころろん [End] ねんねこさっしゃりませ (岡山ヴァージョン原詩) ねんねこさっしゃりませ ねたコのカワいさ おきて なくコの ねんころろん つらにくい ねんころろん ねんころろん つらのにくいコを まな板にのせてさ 青菜切るよに ねんころろん じょきじょきと ねんころろん ねんころろん 寝たかねなんだか 枕に問えばさ 枕もの言うて ねんころろん 寝たと言うた ねんころろん ねんころろん ねんねこさっしゃりませ 今日は二十九日さ 明日は一日 ねんころん 宮まいり ねんころろん ねんころろん 明日は宮まいり 赤いべべ着せてさ 乳母に抱かれて ねんころろん 宮まいり ねんころろん ねんころろん 宮に参ったら なんと言うて拝むさ 一生この子が ねんころろん まめなよに ねんころろん ねんころろん まめになりたら 赤いまま炊いてさ ばばがおんぶして ねんころろん お礼まいり ねんころろん ねんころろん "ねんねこさっしゃりませ"は岡山発祥の子守唄だが、非常に残酷な 歌詞が織り込まれていて興味を惹かれた。 年端もゆかず奉公に出された子守娘の哀切な心情の一面として 捉える向きが概ねの通説だが、様々なヴァリエーションを生みながら 残酷な表現がそのまま広く伝播したのには、もっと深い意味が 込められていたのではないだろうか。時代を遡るほど霊的な存在は 人々の営みと深く密接に関わってくる。"呪い"と"祝い"が、同根で あることからも明らかな通り、"呪い"は単に禍々しいモノと限られて いたわけではない。そもそも無邪気とは言え、奉公娘が我が子に呪い を掛ける事が許される筈もない。菅原道真や崇徳上皇などの例に敷けば、 清廉で無辜の者の呪いは天変地異を引き起こすほどの強大な力を持つと 畏られて来た。同様に呪詛や怨嗟の念を含んだ子守唄は護符や結界に 等しく邪気で邪気を相殺する効力があると信じられていたのかもしれない。 無論、歌い手に悪意がない事が前提の話ではあるのだが… 歌詞の改編に当たっては蛭子譚をモチーフにして、呪力のパワー アップを図ってみた…(汗) SUNOはずっと猫の歌と思っていたらしいが…

