
揺れる暖簾をくぐる影 見慣れた顔と知らない顔 座るまでのわずかな間 その迷いくらい 見れば分かる 何千人も見てきたから 言葉より先に手が動く 任されたなら外さない それが俺の仕事だから 白い皿の上 答えをひとつずつ 置いてゆく 目線、指先 箸の速さ 隠したつもりでも 見えてくる 魚は読める 人も読める 今夜の流れも 分かってる 好きか嫌いか そのくらいなら ひと口見れば 分かるのさ 積み重ねてきた 年月は 伊達じゃないと 思ってた この手に残る 確かなものを 信じて 握ってきた ヒラメの次にスミイカ 赤身で少し顔がほどける アジには伸びない その箸 貝にもやっぱり 手をつけない なるほど そこは通らない ならば違う道を 探せばいい だけど何かが 引っかかる 皿より先に 酒が消える 味じゃない ネタじゃない この夜に 足りないものがある 笑っていても 分かるんだ 楽しむやつの 目じゃない 魚は読める 人も読める 沈黙の意味も 知っている 嫌いなものを 避けるより 言えないことのほうが 苦い 積み上がってゆく 空のグラス 残ったままの 白い皿 ならば最後に 聞いてみよう 本当に 欲しいものを 何が食いたい? 少しの 沈黙 伏せてた顔を 上げて 兄ちゃんは 言った 「ピザっすかね」 …… ピザ? 魚は読める 人も読める そう思って 生きてきた 旬も 脂も 温度も 間も ひとつだって 外しちゃいない それでも 読めないものがある どれだけ腕を 磨いても 正しさだけじゃ 届かない そんな夜も あるらしい 30年 握ってきた この手で今さら 知るとは思わなかった 食えるものと 食いたいものは 同じじゃ ないんだな 静かになった カウンター 残された皿を 下げながら 小さくひとつ 息を吐く ……ピザね 「オイ……塩まいとけ」

