
気づくと、「かわいい」って言葉、 いろんなところに貼ってある。 雑誌の見出し、推しのグッズ、 あと、たいていの褒め言葉とか。 便利なんだよね、あれ。 とりあえずそれ言っときゃ、場はなごむし、 相手もまぁ、悪い気はしない。 ただ、それって誰のためなんだろうなって思うこともある。 なんかこう、 「かわいい」って言われるように生きるのって、 ちょっとしんどいときがあるんだよ。 たとえば、寝癖のままパン買ってこよって朝とか。 でもある日ふと、 「別に、そこまでしなくてよくない?」って 心の中の声が、ちっちゃくつぶやいて。 それを聞いた瞬間、なんかいろいろ、楽になった。 それ以来、 「かわいい」は、まぁ、壊れててもいいやって思ってる。 壊れるっていうか、 まぁ、うっかり手から落とした感じ。 そのままでも、なんか大丈夫だったりする。 むしろそのほうが、自分っぽいしね。 ついでに言うと、 「かわいい」を続けるって、案外コストがかかる。 朝の準備時間とか、持ち物の色とか、 なんとなく“らしさ”を守るための調整、地味に多いんだ。 で、それをやってるうちは なんかこう、「今日の自分」っていうより 「昨日までのイメージ」の延長線上みたいな感じで。 ちょっと、追いかけられてる感あるんだよね。 でも、壊すって言っても、 なにもドラマチックじゃなくていいと思ってる。 ある日ふつうに、髪をまとめなかったとか、 ハミ出した色を選んでみたとか、それくらいでじゅうぶん。 その小さな変化に 「どうしたの?」って言う人もいるかもしれないけど、 だいたいの人は、気づかない。 むしろ、自分が思ってたよりも世界はあっさりしてる。 それでいいのかもね。 誰かにわかってほしい気持ちもあるけど、 自分がふっと肩をゆるめられたら、 それで、もう合格。優勝?準優勝ぐらいはある。 かわいいは壊せる。 壊しても、困らない。 むしろ、そこから生まれる“なんかいい感じ”、 あれがたぶん、本当のスタート。

