まだ少年だった頃、 自転車で砂利の坂道を下るのが好きだった。 車軸潰しの激しい振動がたまらなかった。 急カーブでもブレーキは使いたくなかった。 それが自分で決めたルールだった。 いつ転んでもおかしくなかった。 あの日も自転車に乗っていた。 坂道を上るのは苦にならなかった。 上りの辛さは、下りの楽しみ。 いかにも山道らしい風景も悪くなかった。 トンネルのいりぐち、黒い半円が見えてきた。 長くないトンネル、そこが峠でもあった。 ほとんど誰も通らないのだった。 入口の脇に自転車を置き、奥へ歩いた。 靴音が反響する。 照明などなかった。 真夏でもひんやりと涼しかった。 トンネルの真ん中で歌ってみた。 (なんていい声に聞こえるんだろう!) 恥ずかしい言葉だって大声で言える。 笑い出したら止まらなくなった。 裸になって踊りたい気分だった。 誰もいないから問題ないはず。 そして、あっと言う間に時が過ぎた。 そろそろ坂道を下り、家に帰らなければ。 向こう側の出口に小さく自転車が見えた。 けれど、なんとなく振り返ってみた。 反対側の出口にも自転車が置いてあった。 どちらも自分の自転車に見えた。 冷たい水滴がひとつ、首筋に落ちた。


