
あゝ…こんなものだっただろうか…… まだ名もなき 瓶ひとつ 手に取り そっと 封を切る いつかの歌の 残り香が 静かに ほどけてゆく 甘さか それとも 遠さゆえか 舌はただ 惑うばかり あの夜 確かに 覚えた味も 今は 影さえ 定まらぬ 散りゆく花の ひとひらが 行き先も 知らぬまま あゝ 変わり果てたのは この酒か それとも こちらのほうか 同じ盃 重ねても 味わい どこか 異なって 既読のままに 止まりし時 返る言葉も 見当たらず 小さき部屋の 星の影 巡り巡りて 尽きもせず 仮のままにて 置かれたもの ようやく 触れたはずでも 掌の中 ほどけてゆき 知らぬかたちへ 移ろって あの頃は どんな顔で これを 口にしていたのだろう あゝ 移ろいゆくのは この酒か それとも こちらのほうか 同じ瓶から 注いでも 今宵は まるで 別のもの 桜の色も そのままに 残るものと 思えども 触れれば 淡く 崩れゆき ただ風ばかり 通りゆく 名もなきままの かたちさえ ここには まだ あるのに それすら 遠く 霞んでゆく 見え方が 変わったのだろうか あゝ 正しき味と 言い切れる 基準は どこに あるのだろう もう一口と 重ねても 答えは さらに 濁ってゆく あゝ 変わり果てたのは この酒か それとも こちらのほうか

