
蝉の声が遠くに聞こえる中、白百合がひとつ、墓標の前に添えられた。 そこには名も、番号もなかった。ただ、“あの戦い”で命を落とした霊障局員の墓標。中には、記録すら残されていない者もいた。 「……課長、結局、最後まで自分のことなんて言わなかったな」 「でもさ。あの人、きっとわかってたよ。全部」 神代と佐武が短く言葉を交わし、黙って頭を下げる。その隣で藤原が目を伏せ、目元をそっと拭った。 誰も声を上げることはなかった。あの日から、もう十分に泣いたのだ。 そして、彼女の前へ。 高嶺雪乃。十三課に所属し、成美の隣に立ち続けた少女。彼女の名だけが、唯一その墓標に刻まれていた。 一人ずつ花を置き、言葉を残す。 「……ありがとな、雪乃ちゃん」 「最後、あんな言い方しかできなくて、ごめん」 「また会えたら、会えたら…もっと優しくする」 ぽつぽつと、それぞれの声が風に流れていく。 やがて、他の面々は足音を残して去っていった。 残されたのは、成美だけだった。 白百合を手に、墓前に立つ。風が頬を撫でるたびに、喪服の裾が揺れる。 眼帯の奥。もう、涙は出なかった。 「……やっぱり、私、間違えてたんだと思う」 彼女は、ぽつりと語り出す。 「もっと、ちゃんと話してれば。もっと、笑えてたら」 「こんな終わり方には、ならなかったかもしれないのに」 誰も答えない。 墓標は、ただそこにあるだけだ。 「でもね。だからって、もう止まれない」 成美は、白百合をそっと置いた。その手は、少しだけ震えていた。 「もういちど、やりなおすから。待ってて」 そう告げて、彼女は静かに背を向けた。空は青く、蝉の声がまだ遠くで鳴いていた。

