八十五歳の年も暮れに迫って、振り返って見ると漠(ばく)とした越し方だ。 余命いくばくもなくなって、残命(ざんめい)を濫費(らんぴ)することが出来なくなった。 日々の自分を記録してゆこう。 誰に見せようと言うのでもない。後々に書きとどめて置こうと言うのでもない。 記憶力の薄い自分、それでなくとも老齢にて物忘れがはげしくなったので、書き誌るして自分の生活の記録を更に辿って見ることにしようと思う。