扉の向こう 靴音ひとつ 名を呼ぶ声に 檻が軋む 二百年目の 雪解け 煤けた暦に 季節はなく 灰の底から 灰を眺める 幾千の朝も 幾万の夜も 静謐の淵に 沈むばかり 生きた首など 賭けるものか あまりに無謀な 救いの手 鎖より先に 名へ触れる 愚かな人よ 何故に微笑む 死者の袖にも 風は吹く 鼓動のない胸 さざ波ひとつ あなたがくれた 自由の果てに 帰る場所さえ 欲しくなる 朽ちぬ花 黒衣の襞に 春を隠して あなたの旅路に 月を添えよう 名を呼ばれるたび 花弁は揺れる 誰にも知られぬ 夜咲きの恋 やがて訪れる 別離の日まで 秘めていよう この胸で 食べぬ死者にも 椅子を引く 葡萄酒の杯 片方は満ちたまま あなたは今日も 敵に水を分け 道端の花に 足を止める 花の名など 知らぬくせに 踏まずに歩く 不器用な人 やがて王城に 春は満ち あなたを迎える 白い花冠 無常を知らぬは 死者の方か あなたの一生 我には刹那 弔鐘よりなお 胸を穿つ 聞こえぬはずの 祝福の鐘 朽ちぬ花 黒衣の襞に 春を隠して あなたの行く末 星に託そう 名を呼ばれるたび 花弁は揺れる 祈りにも似た 夜咲きの恋 やがて訪れる 別離の日まで 散らずにいよう この胸で 別れの文に 滲む薄墨 余白にひとひら 再会の花 夜の縫い目を ほどく指先 鏡の奥には 見知らぬ春 名は誰の ものなのか 姿は誰の ものなのか 永劫の微睡みを 破るほど 焦がれたものは ただひとつ 黒衣を脱ぎ捨て 白絹を纏う 祈りの果てには 白い花冠 もう 戻らない もう 迷わない 朽ちぬ花 白絹の襞に 夜を隠して あなたの帰路には 灯をともそう 名を呼ばれるたび 花弁は揺れる 誰にも知られぬ 夜咲きの恋 永劫の果てに 辿り着く春 今こそ根付こう その傍らで 扉のこちら 靴音ひとつ 名を呼ぶ声へ 白絹が翻る 二百年目の 花嫁 白い花冠 黒い花 永遠に 枯れることなく -------------------------------------------------------------------------------------- ■舞台裏■ 魔界首都、魔王城。 執務室の豪奢な椅子に腰掛け、魔王ドルクは愉悦の笑みを浮かべていた。 ドルク「グフフフ……愚かな勇者め。まさか、己が救い出した死霊によって破滅するとは、夢にも思うまい」 ドルク「ナランツェツェグ……二百年もの時を生きながら、世界の趨勢にも己の運命にも無関心だったリッチ。あやつを魔力炉心に繋ぎ、使役していたのは我だ。そこから救い出した勇者に、よもや恋慕を抱くとはな……」 ドルク「しかも、相手は魔王討伐の暁に王女との婚姻を約束された身! 叶わぬ恋と知りながら、死霊は己の想いを胸に秘めていた。実にいじらしいではないか!」 ドルク「そこで我が、ほんの少し背中を押してやったのよ。人間の命は短い。恋心を秘めたまま、永遠の別離を迎えてよいのか、と……グフフフ!」 ドルク「結果は見事なものよ! あやつはベアトリーチェ姫の身体を奪い、記憶まで掌握した! 勇者は婚約者とさほど親しくないゆえ、異変に気付くこともあるまい!」 ドルク「そして、我が真相を王国に暴露すればどうなる? 王女の肉体を魔族に奪われ、勇者はそれを見抜けず婚姻に至る! 王家の威信は失墜し、勇者への信頼も地に落ちよう!」 ドルク「グハハハハ! 聖剣も魔術も不要! 恋心ひとつで人間どもの結束は瓦解するのだ!!」 コンコン。 秘書「失礼いたします、魔王陛下」 ドルク「なんだ、今よいところだぞ」 秘書「元老院の件で、ご報告が」 ドルク「ふん、また野党の戯言か?」 秘書「いえ。先般の大統領権限停止法案ですが、衆議院でも可決され、所定の手続きを経て成立いたしました。陛下の拒否権は停止されます」 ドルク「……は?」 秘書「加えて、魔王党のデファーズ政調会長が、党内反主流派に合流なさいました」 ドルク「デファーズが!? 奴は我が党の重鎮だぞ!?」 秘書「ご子息のディーンツ二等兵が、勇者アッシュの温情によって無事帰還されたそうです。その際、改正徴兵制度の実態について相当詳しく証言されたとか」 ドルク「な、なぜ生きて帰ってきた!?」 秘書「繰り返しますが、勇者が釈放したからです」 ドルク「おのれ勇者め!!」 秘書「なお、龍帝ギラン首相も、これまでの閣議議事録について裏取りを進めておられます。ご子息ギリク修行者の汚職問題についても、本人が寺院で説明する意向を示した模様です」 ドルク「ギランまで裏切るというのか!?」 秘書「獣帝リーツ代表は、以前より対人間戦争の経済的損失を追及しておりました。魔界企業連合も全面支持を表明しています」 ドルク「貴族連盟は!? 土地改良区の連中は何をしておる!?」 秘書「魔界貴族連盟は静観。地方組合連合はデファーズ政調会長の説明を求め、支持方針を再検討しております」 ドルク「ま、待て……我は魔王だぞ!? 魔界を統べる魔王ドルクだぞ!!」 秘書「第4700代魔界大統領として、衆議院と元老院の承認を受けて即位されたことは存じております」 ドルク「だから魔王だと言っておろうが!!」 秘書「はい。その魔王陛下に、最後のご報告です」 ドルク「……なんだ」 秘書「弾劾決議案が可決されました」 ドルク「…………」 秘書「続く弾劾裁判でも罷免が確定し、徴兵制度を利用した政敵への報復をはじめ、数々の違法行為について有罪判決が下されております」 ドルク「…………」 秘書「刑の執行は、本日となります」 ドルク「……ま、まさか」 秘書「ギロチンとは残虐な処刑道具ではなく、苦痛を味わうことなく天に召される慈悲として生まれたのです」 ドルク「…………」 秘書「あなたも魔王なら年貢を納めて、首を洗って、グリーンマイルを歩いてください」 ドルク「我の六万五千年がああああああああ!!!!!!」 かくして、第4700代魔界大統領にして魔王ドルクは、勇者との決戦を迎えることなく失脚。 魔界の戦争継続方針も撤回され、対人間界和平交渉が始まった。 なお、ドルクが切り札として温存していた王女乗っ取り事件の真相は、ついに公表されることがなかったとさ。 ◆◆◆ 一方、その頃。人間界の王城にて。 アッシュ「正直、姫様とはあまり御会いしたことがなくて不安だったんだ。でも……こんなに気が合うなんてな」 ベアトリーチェ「ふふ……私も嬉しく思います」 アッシュ「これからよろしく頼むよ」 ベアトリーチェ「ええ、末永く」 白絹の花嫁は、穏やかに微笑む。 その胸に秘めた二百年の恋は、今ようやく報われたのだ。 めでたし、めでたし。 ――少なくとも、彼女にとっては。


