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筆跡恋話

V6

[Intro] ええ、昔は今みたいに 指一本で文が飛んでいくなんてことはございません 惚れた腫れたも 筆と紙 ところが中には 惚れることはできても 書くことができない男がおりまして―― [Verse 1] 町外れの小さな店 看板ひとつ 「恋文 詫び状 なんでも代筆」 男がひょいと顔を出す 「親父さん 惚れた女がいるんだ」 「そりゃ結構」 「手紙を書いてくれ」 「では、お気持ちをどうぞ」 男は腕を組んで言う 「顔を見ると 胸がこう…… なんていうか…… 飯がまずくなる」 「病気じゃありませんか?」 [Verse 2] 「違う違う! 好きなんだよ!」 「なるほど」 店主はさらさら 筆を走らせて 「あなたを想えば 夜の長ささえ短く感じます」 「おお!」 「声を想えば 静かな夜にも春の音がします」 「おおお!」 男は目を丸くして 「俺ぁそんなこと思ってたのか?」 「今、思ったことにしましょう」 [Chorus] 口で言えなきゃ 紙に言わせろ 胸でつかえりゃ 筆に流せ 一文字 二文字 恋になる 書いた本人 知らなくたって 届けばそれで 恋になる [Verse 3] 三日もすると 返事が届く 「あなたのお言葉 何度も読みました」 男は跳ねた 「脈ありだ!」 「飾らぬ優しさ 深い心遣い もっとあなたを 知りとうございます」 男は首をかしげる 「親父さん」 「へえ」 「俺ってそんなに できた男だったか?」 「手紙の中では」 [Verse 4] それから毎日 店へ通う 「今日は少し 情熱的に!」 「へえ」 「でも軽く見られないように!」 「へえ」 「男らしく!」 「へえ」 「優しく!」 「ずいぶん忙しい男ですな」 さらさら さらさら 恋は進んで 春にはとうとう 祝言の話 [Chorus] 口で言えなきゃ 紙に言わせろ 会えぬ夜なら 文字で抱きしめろ 一文字 二文字 縁になる 書いた本人 知らなくたって 続けばいつか 恋になる [Bridge] ところが祝言の前の日 男が青い顔して 店へ飛び込んでくる 「親父さん、大変だ!」 「何事で?」 「あの人が今夜 会いたいって!」 「結構じゃありませんか」 「手紙みたいな話を 聞かせてくれって!」 「……なるほど」 「俺ぁ何を書いた!?」 「私が書きました」 「だから何を書いた!?」 「たくさん書きました」 「覚えてねえ!」 「私もです」 [Break] それでもどうにか 会いに行き しどろもどろで 頭を下げる すると女が くすりと笑って 「そんなに緊張なさらないで」 男は思い切って言う 「ひとつだけ 聞いてもいいかい」 「何でしょう」 「俺のどこが そんなに良かったんだ?」 [Final Story] 女は少し 頬を染め 「あなたの…… 言葉です」 男は固まる 「言葉?」 「はい 手紙に書かれていた あの言葉が 本当に 素敵でした」 男は翌朝 代筆屋へ駆け込んだ 「親父さん!」 「へえ」 「決めたよ! あの人と所帯を持つ!」 「そりゃおめでとうございます」 「向こうも 俺の手紙に惚れたってよ!」 「それはそれは」 男は胸を張って言う 「やっぱり人間 心が通じりゃ分かるもんだな!」 店主は黙って 筆を置いた 「……親父さん?」 「ひとつ 黙っていたことがございます」 「なんだ?」 「お相手の返事も――」 「私が書いておりました」 男は口を開けたまま しばらく動かない 「じゃあ……」 「へえ」 「俺が惚れた手紙も?」 「私です」 「あの人が惚れた手紙も?」 「私です」 「……じゃあ俺たち 何に惚れてたんだ?」