
また今朝も 文の束が 几帳のかげに積もりゆく うつろひゆく 朝の香を まぜあわせては読み流す 「姫君の御名 かねてより」など ありきたりな詞 けれど 筆さばきひとつで 誰のため息か すぐに知れてしまう 御簾(みす)の内側 灯(あか)り淡く まだ十六にもならぬ身ながら 歌ひとつで 胸を揺らすと 廊の向こうが そっと騒ぎだす 都いちの うわさの的(まと)らしい わたし ただここで息をしているだけ かをる薫物(たきもの)と 長き黒髪 それだけで人を惑わすというなら 本当の恋 知りもせず 恋をさせる役目だけを帯びて 御簾ごしに ほほえむたび 名ばかりひとり歩きしてゆく 「誰がいとをかし」と語り合う 女房たちのささめごと 袖の長さ 色あわせ ただの遊びと笑いながら 鏡といえば 水面(みなも)ばかり うつるのは空の色 ほんとの姿は 人のまなざしに 少しずつ描かれてゆく 返歌求むる 恋文には 礼のかたちの歌を添えつつ ひと文字だけ ひそやかに 胸の奥を にじませておく あやふやな言の葉ひとつ それだけで夜も眠れぬ殿がいて 「またいつか」と書きおけば 幾度も几帳のそばを巡る足音 面影さえ知らぬまま 心ばかりを手元に集めて かいま見の恋 積み重ね 物語は 次の巻を開く ほんとは 誰かひとりだけ 仮の名ではなく 名をもって呼んでほしい 和歌を離れた たどたどしい声で 「うつくしい」より 「好き」と告げてほしい けれど 御簾のうちで咲く花は そのまま遠くから眺められるもの 本音などを 見せてしまえば あはれ それこそ 終わりの合図 都いちの うわさで終わるなら せめて 千年先までも響くように 歌となりて 風に乗り 誰かの胸をそっとふるわせていたい けぶる月を 灯りとし 今宵も文をひとつ開きながら 「いつか本当の恋ならば」 そっと胸の奥で 願いを結ぶ 御簾のすき間 こぼれ落ちた ひとすじの光を指でなぞって 静かな夜を 抱きしめたら またあしたも 姫君を演じましょう

