
全ては過ぎ去り、全ては飽きられ、全ては壊れる。 最初から、そういう仕組みの現実だった。 あの恐ろしく静かな夜。 張り巡らされた社会の網の目のなかで、 どれほど繕い、隠していたボロが剥がれ落ちようとも、 他者はただ、水面下で溺れていく僕を無関心に見下ろしていた。 心は空っぽになり、何も見えなくなっていた。 川の深さを、自らの両足で測るような、 あの無謀な境界線の淵に、僕は確かに落ちてしまっていたんだ。 引き返そうかと、迷わなかったわけじゃない。 けれど、泥にまみれた実存の足跡は、もう消えはしない。 雄弁に言い訳を並べる銀の言葉を捨て、 僕はただ、金色の沈黙が満ちる冷たい部屋で、 無駄だと言われる呼吸を、静かに、執拗に繰り返した。 そこで、ひとつのエラーが起動する。 生きている犬は、死んだ獅子よりも、絶対的に勝っている。 どれほど誇り高く、美しく形を成した過去であっても、 死んでしまえば、それはただの空虚な抜け殻だ。 無様でも、泥を舐めてでも、 「生きている今」の方が、当たり前に勝っている。それがこの世界の冷徹な仕組みだ。 生きることに、高尚な意味や理由なんて、最初から無くていい。 ただ、脈が動いている。 ただ、心臓の鼓動という、不揮発性のログがそこに記録されている。 その剥き出しの事実だけを、僕は今、この手で確かめていたい。 命があるうちに、与えられた運命を丸ごと愛せ。 誰かに許されるのではなく、自らの手で錨を影に下ろすこと。 それだけが、この檻における唯一の救いだと、もう気づいているだろう。 見上げれば、重圧をもたらした雲の城には、冷たい銀のかがやき。 激しい嵐が去り、雨が引き、 からりと乾いた大気のなかに、静かな虹の屈折が描かれていく。 意味は無くとも、僕の脈は、今も確かに動いている。 これが、他ならぬ私の音。 僕はもう、死んだ過去を振り返らない。 この無機質な部屋のなかで、この泥臭い生存を、何度でも、何度でも、 ただ繰り返していたい。

