思へば遠く來たもんだ 十二の冬のあの夕べ 港の空に鳴り響いた 汽笛の湯氣は今いづこ 雲の間に月はゐて それな汽笛を耳にすると 竦然として身をすくめ 月はその時空にゐた それから何年經つたことか 汽笛の湯氣を茫然と 眼で追ひかなしくなつてゐた あの頃の俺はいまいづこ 今では女房子供持ち 思へば遠く來たもんだ 此の先まだまだ何時までか 生きてゆくのであらうけど 生きてゆくのであらうけど 遠く經て來た日や夜の あんまりこんなにこひしゆては なんだか自信が持てないよ さりとて生きてゆく限り 結局我ン張る僕の性質さが と思へばなんだか我ながら いたはしいよなものですよ 考へてみればそれはまあ 結局我ン張るのだとして 昔恋しい時もあり そして どうにかやつてはゆくのでせう 考へてみれば簡単だ 畢竟意志の問題だ なんとかやるより仕方もない やりさへすればよいのだと 思ふけれどもそれもそれ 十二の冬のあの夕べ 港の空に鳴り響いた 汽笛の湯氣や今いづこ ── ✴︎ ── 中原中也 『頑是ない歌』 ── ✴︎ ── 月夜鴉 🌐https://tsukiyonokarasu.com