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震える調律

V5.5

木々の匂いが 風に混じって 古き町並み 夕日に沈む 工房の前で シエラは止まる 弦がひとつ 胸で震えた 扉を開けると 鈴の音が鳴り 壁には古い 楽器が並ぶ 削りかけの木 張りかけの弦 静かな埃が 光に舞う 親父はいない 修理なら俺だ 若き職人 テオドアはただ 目も上げずに そう言った シエラはそっと マンドリン抱き ゼノンの跡を 辿ってきたと その名を聞いた テオドアの手が 飲みかけの言葉を ふいに止めた そして彼は 弦に目をやり 色をなくして 呟いた これはまさか その古い徽章 あんたどこで これを手にした 星の飾りも 青い雫も 記録の中で 眠っていたもの どこでと言われても シエラは困る ずっと一緒に 旅してきた子 雨の日もあり 砂の夜もあり この子がいれば 歌えたのだと テオドアはただ 静かに頷き 見せてくれないか そう言った シエラは少し ためらいながら 大切な弦を 彼に渡した 指が触れた その瞬間に なぜだかわたしの 息が止まる ただの調律 そのはずなのに 胸の奥まで 音が届く 震える調律 弦が目を覚ます 知らないはずの 記憶が揺れる わたしのものを 見られてるだけ なのにどうして 体が騒ぐ テオドアは ペグを回して ひとつひとつの 音を確かめる これほどの名器 間違いないと かすれた声で 彼は言った 旅の傷は 確かに多い けれど荒く 扱った傷じゃない あんた本当に 大切に これを使って きたんだな 褒められたのは 楽器のはずで シエラはなぜか 頬が熱い ありがとうさえ 言えないままに 胸の弦だけ 強くなった 工房の奥で 木がきしみ 壁の楽器が かすかに応える まだ弾いてない まだ歌ってない なのに胸には 音が満ちてく テオドアは 手を止めて言う 鳴らしてみてくれ その声で シエラはそっと 弦を見つめた なぜか涙が こぼれそうになる 震える調律 弦が目を覚ます 知らないはずの 記憶が揺れる これはわたしの マンドリンなのに なぜか誰かに 呼ばれた気がした 震える調律 息さえ止めて 工房の光が 静かに揺れる 答えはまだ 言葉にならず ただその一音を 待っていた 鳴らしてみてくれ 若き職人 テオドアは言う シエラは息を ひとつ飲み込み 弦に指を そっと置いた