
火の匂いで分かった 事故じゃない 燃え方が雑だ 確かめもせずに放った火 結界に触れて すぐ理解する 魔術じゃない だから計算はいらない 影をずらす 炎に紛れる まだ見られていない 中にいると思っている それでいい 屋敷の奥 箱はそこにある 触れない 今はまだ 彼女は ここにいるはずがない その前提で 今日を組んだ だから言った 「戻るな」 命令じゃない 作戦でもない ただ そう言った 柱が鳴る 天井が歪む ここまでだな そう判断した 箱を取れば 線は引ける 終わらせられる はずだった 足音がする 早い だが乱れていない 火の中を 無駄なく抜ける この歩き方を 俺は知っている 振り返る前に分かる やっぱりな 「戻るなって 言っただろ」 叱るつもりはなかった 言葉が それしか残ってなかった 彼女は肩をすくめる 「帰るなって 言われてない」 そこで 言葉が止まる 箱を差し出す 彼女は取らない 代わりに 俺の手を掴む 力は弱い だが 迷いがない ああ 教えたな 影の濃い方を選ぶ 迷わず 梁の下を抜ける 理由は聞かない 今は ついていくだけでいい 外に出た瞬間 熱が離れる 空気が変わる 生きている それだけで 胸の奥が緩む 頭に手を置く 軽く 一度 確認だ 評価でも 赦しでもない 「子ども扱いすんな」 そう言われて 少しだけ 口元が動く 「生きてるなら それでいい」 それだけ言う 火の向こうで 誰かが 間違えたまま こちらを探している 逃げる話じゃない だが今は 隣にいる それでいい 次は ちゃんと 終わらせる そう決めて 彼女の歩幅に 合わせた

