
駅前の小さな公園で、二人は並んでベンチに座っていた。 夕方の風は少し冷たく、街の音だけが途切れなく流れている。 「それ、どう思う?」 何でも好きと言えるほうが、噴水を指さして言った。 水は不規則に跳ねて、夕焼けを細かく砕いている。 「どう、って?」 「好きかどうか」 もう一人は、しばらく黙ったあと、視線を逸らして答えた。 「……嫌いじゃない」 「またそれだ」 好きと言えるほうは、苦笑いを浮かべる。 「どうしても“好き”って言わせたい?」 「言わせたいっていうか、不思議なんだよ」 「そんなに慎重に扱う言葉かなって」 慎重なほうは、指先をぎゅっと握った。 「慎重になるよ。 好きって言った瞬間、期待が生まれる」 「期待って、悪い?」 「裏切られたら痛い」 「でもさ」 好きと言えるほうは、少し考えてから言った。 「言わなくても、裏切られるときは裏切られるよ」 その言葉に、慎重なほうは何も返せなかった。 しばらく沈黙が流れる。 噴水の音が、会話の代わりをしていた。 「君はさ」 慎重なほうが、ぽつりと口を開く。 「なんでそんなに、何でも好きって言えるの?」 「んー……」 少し間を置いてから、答える。 「嫌いって言い続けるほうが、疲れたから」 「傷つかなかったわけじゃない?」 「もちろん。いっぱい傷ついたよ」 「それなのに?」 「それでも、好きって言ったほうが、 世界が少しマシに見えた」 慎重なほうは、噴水を見つめたまま呟く。 「俺は逆だな。 好きって言わなくなってから、 世界が静かになった」 「静かで、いい?」 「……安全ではある」 「でも、寂しくない?」 その問いには、すぐ答えが返ってこなかった。 やがて、慎重なほうが小さく息を吐く。 「寂しいよ。 だから“嫌いじゃない”で止めてる」 「逃げ道だ」 「そう。逃げ道」 好きと言えるほうは、責めるような顔はしなかった。 「逃げ道があるなら、戻ってこれるかもしれない」 「戻る、って?」 「好きって言える場所に」 慎重なほうは、少しだけ驚いた顔をする。 「……優しすぎる」 「そうかな。現実的だと思うけど」 夕焼けが、二人の影を長く伸ばす。 「ねえ」 慎重なほうが、意を決したように言った。 「今日のこの時間」 「うん」 「……少しだけ、好きかもしれない」 好きと言えるほうは、何も大げさな反応をしなかった。 ただ、静かにうなずく。 「それで十分」 「嘘だ」 「本当。 世界を丸ごと好きになる必要はない」 噴水の水が止まり、周囲が一瞬だけ静かになる。 好きと言えない人は、まだ全部は言えない。 好きと言える人は、全部を肯定しているわけでもない。 それでも二人は、同じベンチから立ち上がった。 「また来よう」 「……嫌いじゃない」 「そのうち、“好き”になるよ」 返事はなかったが、否定もなかった。 それだけで、この日の物語は、前に進んだ。

