
町の片隅の古い円形劇場。 そこには、一人の少女が住んでいました。 彼女の特技は、 「ただ人の話に耳を傾けること」でした。 町に灰色の男達が現れました 彼らは時間貯蓄銀行の銀行員だと言うのです。 「無駄な時間を預けなさい。」 「利子は必ず増えていきます。」 「いまを節約すれば、 あすは豊かになります。」 そう語りながら、人々の時間を集め始めました。 時間とは本当に預けられるものなのだろうか。 過去は記憶に留まり、 未来は期待のうちにあり、 現在は、掴もうとした瞬間に過ぎ去ってしまう。 アウグスティヌスは、そう考えた。 ならば、 灰色の男たちが集めていたものは、 本当に時間だったのだろうか。 灰色の男たちは泥棒でした。 盗んだ時間の花を乾燥させて葉巻にして吸うのです。 誰かを待ち雲を眺める午後。 寄り道をして花を見つけた帰り道。 他愛のない会話で盛り上がり、笑い合った余韻。 そういったものを、 人々の時間を集め始めたのです。 その燃えているものは、 本当に時間だったのだろうか。 人は働くだけで生きるのではなく、 語り合い、混ざり合い、 誰かと共に世界を築くことで、 人間になっていくのだろう。 ハンナ・アーレントは、そう考えた。 ならば、 灰色の男たちが盗んでいたものは、 時間ではなく、 人の内側に発生する何かだったのだろうか。 時間の国には、 マイスター・ホラがいました。 一人ひとりに、時間の花を配っていました。 彼は言う、 「時間とは、人間が心で感じるもの。心で感じられなくなった時間は、咲かない花と同じで存在しないも同然だ」と。 少なくとも、彼の言う時間は 単純に秒針が進むことではないのだろう。 時間とは、 世界の中に置かれた物ではなく、 私たちが世界を受け止めるための、 ひとつのかたちだ。 イマヌエル・カントは、そう考えた。 それならば、 マイスター・ホラが配っていたものは、 時間を実感する足がかりであり、可能性のようなものなのだろう。 それとも、私たちがそれを時間と呼んでるだけなのか。 彼らが奪っていたものが何なのか、 私には分からない。 けれど、 焦燥、強迫、効率、生産性。 取り残されることへの不安。 そうしたものが、 灰色の男たちを生み出したのだろう。 そして、円形劇場の少女は、 誰かの話に耳を傾けていただけなのかもしれない。 なぜならそれが、 灰色の男たちの存在を薄れさせる 最善の方法だから… …ではないだろうか。 時間の花は、見ることも感じることもできない。 それでも、いま、この瞬間に咲き、そして散っている。 それは誰も否定できない 事実として存在している。

