
L字はかく語りき 私はただ 廊下を歩いていた それだけだった 本当に それだけだった 右足 左足 生活は続いていく 洗面所 玄関 洗濯物の山 何も悪いことなんて していない 手を伸ばしたわけでも 扉を開けたわけでもない ただ少し 横を通った ただ少し 油断していた その瞬間 グンッ 右腕だけが 過去へ引き戻された 振り向けば そこにいた 銀色の L字ドアノブ ドアは閉まっている 用もない なのに袖だけ 捕まっている 引けば引くほど 布が鳴る 焦れば焦るほど 深く噛まれる 一歩戻れば 済むことくらい わかっている わかっているのに 戻ったら負けだと 朝の私が叫ぶ L字はかく語りき 袖よ こちらへ来い 私はただの 取っ手ではない 廊下に残された 鉤爪だ L字はかく語りき 焦る者ほど よく絡む 扉は閉まっている 道は見えている だけど私は 進めない 袖だけなら まだ笑えた だけどおまえは それだけじゃない 角が腕に ゴッと来る 脇腹あたりに 鈍く来る 年に二十回 同じ場所で 負けている 学ばないんじゃない おまえが毎回 ちょうど痛いところに いるだけだ ゴッ グンッ 痛い ちょっと痛い いや普通に けっこう痛い 袖口は伸びて 心は縮む 銀色の角が 今日も私を覚えてる 私はここを 通らなければよいのか いや 通らなければならない ここは廊下 ここは生活 ここは毎日の 関所だ 洗面所も 玄関も 未来も全部 この先にある L字はかく語りき 進めばよい 急げばよい その焦りが 私を深くする L字はかく語りき ぶつかるのはおまえ 引っかかるのもおまえ だが年に二十度も ここへ来るなら それはもう 再会と呼んでよいだろう 私はただ そこに在るだけだ 人は私を ドアノブと呼ぶ だが袖は 私を知っている 私は奪わない おまえが勝手に 深くなるのだ 私は叫ぶ 袖を返して 時間を返して L字は黙って 光っていた L字はかく語りき 袖よ こちらへ来い 私はただ 通っただけ 哲学されるほどの 罪はない L字はかく語りき 焦るな だが急げ ここを通らず 生きていけるほど 私の家は 広くない 引けば引くほど 布が鳴る 焦れば焦るほど 傷が増える L字はかく語りき 私は今日も 廊下で負けた ようやく抜けた 勝ったと思った 袖口は少し 伸びていた 一歩進んだ 次の角で バッグの紐が 捕まった グンッ

