
夜に残る足音 (Footsteps That Remain in the Night)
📖 歌詞はサイドストーリーの後に記載しています。 🎧 Japanese lyrics are written after the side story. 🌧️🌌🕯️🗝️ ──────────── 🎬 群青の誓いと白銀の刃 第1話『群青の名前』はこちら👇 https://suno.com/s/0ARO9Dget8gYdWTK 第2話『夜に残る足音』 🌧️🌌🕯️🗝️ ──────────── 登場人物: 🌌 ノエリス オーレリアに名を与えられ、ヴァルモント家へ迎えられた少女。 古びた布に包まれた細長い荷を、まだほどくことができずにいる。 🕯️ オーレリア 名家ヴァルモント家の令嬢。 次期当主として、初めて自分の判断でノエリスを屋敷へ迎えた。 🏛️ エドガルド・ヴァルモント ヴァルモント家の現当主であり、オーレリアの父。 厳格だが冷酷ではなく、娘の判断に責任を持つことを求める。 【サイドストーリー】 第2話「夜に残る足音」 屋敷で迎えた朝は、あまりにも静かだった。 白いシーツ。 乾いた毛布。 冷たくない床。 そのどれもが、ノエリスには少し怖かった。 昨夜まで自分のものではなかったはずの温かさが、何の前触れもなく目の前に置かれている。 それを受け取っていいのかどうか、まだ分からない。 部屋の隅には、古びた布に包まれた細長い荷が置かれていた。 中身が何なのかは分からない。 けれど、手放してはいけない。 その感覚だけが、身体の奥に残っている。 控えめなノックの音がした。 【使用人】「ノエリスさん。お目覚めですか」 名前を呼ばれて、ノエリスは一瞬だけ動きを止めた。 まだ、その音に慣れていない。 【ノエリス】「……はい」 扉の向こうから、やわらかな声が返ってくる。 【使用人】「お支度を。オーレリア様がお待ちです」 案内された部屋には、畳まれた服が用意されていた。 黒を基調にした、落ち着いたメイド服。 白い襟とエプロンは、朝の光を受けてまぶしいほど清潔に見えた。 ノエリスはそれを前にして、しばらく黙っていた。 【オーレリア】「……嫌だった?」 声に振り返ると、オーレリアが少し不安そうに立っていた。 【ノエリス】「いえ。ただ……私には、少し白すぎる気がして」 オーレリアは一瞬きょとんとして、それから小さく笑った。 【オーレリア】「白い服は、汚れるためにあるのよ」 【ノエリス】「汚れるため、ですか」 【オーレリア】「ええ。働けば汚れるわ。誰かのために動けば、きっと少しずつ傷む。でも、それは恥ずかしいことじゃない」 ノエリスは、畳まれたエプロンに指を置いた。 あまりにもまっすぐな言葉だった。 そして、あまりにも受け取り方の分からない言葉だった。 【オーレリア】「無理に似合うと思わなくていいの。でも、ここにいる間は、あなたの服よ」 あなたの服。 ノエリスは、その言葉を胸の中で何度も繰り返した。 着替えを終えたノエリスは、鏡の前に立った。 古びた外套の代わりに、整えられた服。 濡れて乱れていた髪はとかされ、眼鏡もきれいに拭かれている。 けれど、鏡の中の目だけは、まだどこか遠くを見ていた。 【ノエリス】「……借り物みたいです」 【オーレリア】「じゃあ、今日から少しずつ、あなたのものにしていけばいいわ」 ノエリスは返事をしなかった。 でも、その言葉はすぐには消えなかった。 朝食のあと、ノエリスは屋敷の仕事を教わった。 廊下の掃除。 食器の並べ方。 客間の花の位置。 扉を開ける角度。 覚えることは多かった。 けれど、ノエリスの動きは不思議なほど静かだった。 物を持つ手つきは慎重で、足音はほとんど立たない。 誰かが通る前に半歩だけ身を引き、必要な場所に、必要な距離で立つ。 【使用人】「覚えが早いですね」 【ノエリス】「……いえ。まだ、何も」 謙遜ではなかった。 本当に、何も分かっていない。 ただ、身体が先に動くだけだった。 昼過ぎ、客間の花瓶を運んでいた使用人が、濡れた床に足を取られた。 小さな悲鳴。 傾く花瓶。 床へ向かう陶器の白。 その瞬間、ノエリスはもう動いていた。 片手で花瓶の首を支え、もう片方の手で使用人の肘をそっと受ける。 力は強くない。 けれど、ちょうど倒れないだけの力だった。 花瓶は割れなかった。 使用人も転ばなかった。 ただ、花瓶を支えたノエリスの指先だけが、硬い陶器の縁にこすれて細く赤くなっていた。 【使用人】「ご、ごめんなさい」 【ノエリス】「大丈夫です」 ノエリスはすぐに手を引き、傷のある手を袖の中へ隠した。 それを、廊下の向こうから見ていた人がいた。 オーレリアだった。 夕方、ノエリスは現当主の部屋へ呼ばれた。 ヴァルモント家の現当主、エドガルド・ヴァルモント。 オーレリアの父であり、今もこの家を背負う人だった。 部屋は重く、静かだった。 壁には古い肖像画が並び、暖炉の火だけが低く揺れている。 オーレリアは父の隣に立っていた。 少し緊張しているようにも見えた。 エドガルドはしばらくノエリスを見ていた。 責める目ではなかった。 けれど、何も見逃さない目だった。 【エドガルド】「名は」 ノエリスは一瞬だけ迷い、静かに答える。 【ノエリス】「ノエリス、と……いただきました」 エドガルドの視線が、わずかにオーレリアへ向く。 【オーレリア】「私が名付けました」 【エドガルド】「そうか」 短い返事だった。 エドガルドはそれ以上、ノエリスの過去を問わなかった。 ただ、オーレリアへ向かって静かに言った。 【エドガルド】「お前が見たものなら、責任を持ちなさい」 その声には、叱責も、許しもなかった。 ただ、重さだけがあった。 【オーレリア】「はい」 【エドガルド】「情で招くなら、その先まで背負うことだ」 ノエリスはその言葉を、黙って聞いていた。 情。 責任。 背負う。 そのどれもが、自分には重すぎる気がした。 けれどオーレリアは、逃げなかった。 【オーレリア】「分かっています」 その横顔に、ノエリスは昨夜とは違う強さを見た。 優しいだけではない。 迷いながら、それでも立とうとしている人の強さだった。 部屋を出たあと、長い廊下を二人で歩いた。 窓の外は、また夜へ向かっていた。 【ノエリス】「……私を迎えたことで、ご迷惑をおかけするのでは」 【オーレリア】「もう、かかっているわ」 あまりに正直な返事に、ノエリスは少しだけ目を見開いた。 オーレリアはふっと笑う。 【オーレリア】「だから、途中で投げ出さない。迷惑をかけられた分、ちゃんと責任を持つ」 【ノエリス】「それは……私が言うことでは」 【オーレリア】「いいの。私が決めたことだから」 ノエリスは、何も言えなかった。 優しさに甘えたくない。 でも、拒み続けることもできない。 居場所をもらったはずなのに、まだその場所へ足を置くことが怖かった。 その夜、ノエリスは眠れなかった。 部屋の灯りを落としても、胸の奥は静まらない。 包みは、寝台のそばに置いてあった。 ほどこうとは思わなかった。 ほどいてはいけないような気がした。 けれど同時に、そこに何かがあることを、身体は知っているようだった。 指先が、布の結び目に触れる。 その瞬間、胸の奥が冷たくなる。 知らないはずの感触が、ほんの少しだけよぎった。 硬いもの。 冷たいもの。 誰かの手。 遠い声。 ――離すな。 それが誰の声なのか、分からない。 ノエリスは息を呑み、すぐに手を離した。 逃げるように立ち上がり、中庭へ出ると、夜はしんと冷えていた。 噴水の水音が、小さく一定の間隔で響いている。 月明かりが庭石の上に細く落ちていた。 ノエリスは庭の中央に立った。 何をするつもりだったのか、自分でも分からない。 ただ、身体が落ち着かなかった。 一歩、足を置く。 音を立てないように。 石の隙間を踏まないように。 風の向きに逆らわないように。 また一歩。 誰にも触れず。 誰にも触れられず。 でも、逃げるためではなく、そこに残るために。 ノエリスはゆっくりと動いた。 それは踊りのようにも見えた。 何かを避ける練習のようにも見えた。 あるいは、失くした記憶の形を、足元に探しているようでもあった。 動いている間だけ、胸の冷たさが少し静まった。 自分が何者か分からない。 それでも、この身体は何かを覚えている。 守る距離。 退く角度。 近づきすぎない手の位置。 倒れないための重心。 ノエリスは、息を整えた。 強くなりたいと思ったわけではない。 誰かを倒したいと思ったわけでもない。 ただ、倒れたくなかった。 屋敷の二階の窓から、その姿を見ている人がいた。 オーレリアだった。 彼女は声をかけなかった。 月明かりの下で動くノエリスは、あまりにも静かだった。 そして、あまりにもひとりだった。 この屋敷には、亡き母エリシアの残した優しさが、まだ静かに息づいている。 けれど、その優しさを受け継ぐだけでは家を守れないことも、オーレリアは少しずつ知りはじめていた。 父の言葉。 母の面影。 そして、今ここにいるノエリス。 自分が迎えた少女が、夜の中で何かと向き合っている。 それは、誰かを傷つけるためのものには見えなかった。 まるで、自分自身が壊れないように、必死で形を保っているように見えた。 翌朝。 ノエリスはいつものように仕事に戻った。 けれど、袖口からのぞいた手の傷に、オーレリアは気づいた。 【オーレリア】「その手、見せて」 ノエリスは反射的に手を引こうとした。 【ノエリス】「大したことではありません」 【オーレリア】「大したことかどうかは、痛い人が決めることじゃないわ」 ノエリスは言葉に詰まった。 オーレリアは静かに手を差し出す。 【オーレリア】「責めるつもりはないの。ただ、手当てをさせて」 ノエリスはしばらく迷った。 そして、ゆっくりと手を差し出した。 オーレリアの指先は、驚くほど慎重だった。 傷口を水で拭い、清潔な布を巻く。 その手つきはまだ少し不慣れで、けれどとても丁寧だった。 【ノエリス】「……この手は、きれいではありません」 【オーレリア】「きれいかどうかで、手当てするかを決めるの?」 【ノエリス】「いえ……」 【オーレリア】「なら、いいの」 オーレリアは包帯の端を結びながら、少しだけ笑った。 【オーレリア】「働く手でしょう。だったら、ちゃんと大切にしないと」 ノエリスは包帯を見つめた。 白い布が、自分の手に巻かれている。 昨日のエプロンと同じように、少し眩しかった。 【オーレリア】「ここにいるなら、傷を隠さないで」 その声は優しかった。 けれど、お願いだけではなかった。 オーレリアもまた、責任を持とうとしている。 そう感じた。 【ノエリス】「……約束は、まだできません」 正直な言葉だった。 隠さずにいられるほど、自分を信じてはいない。 傷を見せられるほど、この場所に慣れてもいない。 オーレリアは少しだけ目を伏せ、それから頷いた。 【オーレリア】「じゃあ、いつかでいい」 ノエリスは驚いたように見る。 【オーレリア】「いつか、隠さなくてもいいと思えたら。その時に、見せて」 その言葉は、急かさなかった。 責めなかった。 ただ前に、小さな灯りを置いてくれた。 ノエリスは包帯を巻かれた手を、そっと握った。 【ノエリス】「……はい」 夕暮れ。 ノエリスは自室に戻った。 机の上には、朝にはなかった小さな箱が置かれていた。 中には替えの包帯と、簡単な手当て道具が入っている。 その横に、短いメモが添えられていた。 『痛む前に使ってね』 署名はない。 けれど、誰からのものかは分かった。 優しさは、まだ怖い。 受け取れば受け取るほど、いつか失う日のことを考えてしまう。 それでも、逃げたいとは思わなかった。 夜が来る。 ノエリスは、また包みの前に座った。 古びた布。 何重にも巻かれた結び目。 忘れたはずの過去。 指先が、そっと布に触れる。 ほどかない。 まだ、ほどけない。 けれど今日は、すぐには手を離さなかった。 包帯の巻かれた手で、布の上から細長い荷を静かに抱える。 中身が何かは、まだ分からない。 自分が何者だったのかも、まだ分からない。 けれど、この屋敷で守りたいものが生まれはじめていることだけは、少しずつ分かり始めていた。 この包みをほどく日は、来ない方がいい。 何も知らないまま、ただ静かに日々が続く方がいい。 それでも。 もし、この手が動かなければならない日が来るのなら。 その時、自分が倒れてしまえば意味がない。 今はただ、この屋敷の灯りを消さないために。 ノエリスは立ち上がった。 包みは、部屋に置いたまま。 夜の中庭へ向かう足音は、誰にも聞こえなかった。 けれど、その足音だけは、ノエリスの中に確かに残っていた。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは関係ありません。 🌧️🌌🕯️🗝️ ──────────── "The English lyrics are listed below after the Japanese lyrics." 冷たくない床が 少しこわかった まだ ほどけない 白い朝の中で 名前を呼ばれて 借り物みたいな服に そっと息を隠した あたたかい場所ほど 失う日がこわくて 差し出された光にも 目を伏せてしまう まだ ほどけない 胸の奥の結び目は やさしい手に触れるほど 少しだけ痛くなる でも 逃げたくない この灯りのそばで わたしの足音が いつかここに馴染むまで 知らないはずなのに 身体だけが覚えてる 近づきすぎない距離と 倒れないための呼吸 隠した傷口を 責めずに包む手が 怖いくらい静かに 心まで触れた まだ ほどけない 忘れた夜の結び目は 名前をもらった今も 胸の奥で震えてる でも 失くしたくない この小さなぬくもりを 守るものがあると 少しずつ知り始めた 強さなんて言葉は まだ遠すぎるけど 倒れないでいたい 灯りを消さないために まだ ほどけない 胸の奥の結び目は やさしい手に触れるほど 少しだけ痛くなる でも 逃げたくない この灯りのそばで わたしの足音が いつかここに馴染むまで ──────────── The floor wasn’t cold, and that scared me a little I still can’t untie it In the white morning light someone called me by my name In clothes that felt borrowed, I quietly hid my breath The warmer a place becomes, the more I fear the day I’ll lose it Even when the light is offered to me, I still lower my eyes I still can’t untie it the knot deep inside my chest The more a gentle hand touches me, the more it aches a little But I don’t want to run away I want to stay beside this light Until the sound of my footsteps one day belongs here I shouldn’t know it, yet only my body remembers The distance of not getting too close, the breathing that keeps me from falling The hand that wrapped my hidden wound without ever blaming me touched my heart so quietly it almost frightened me I still can’t untie it the knot of a night I had forgotten Even now that I have been given a name, it trembles deep inside my chest But I don’t want to lose this small warmth I’ve found I’m beginning to understand that there is something I want to protect The word “strength” still feels too far away But I want to keep standing so this light will not go out I still can’t untie it the knot deep inside my chest The more a gentle hand touches me, the more it aches a little But I don’t want to run away I want to stay beside this light Until the sound of my footsteps one day belongs here

