スタジオに入った瞬間、私は二度見した。 「……え?」 青い上着の彼女が、ベースを肩にかけている。 しかも、ただ構えているだけじゃない。 親指が弦の上に、完全に“叩く人”の位置で待機していた。 「なにその顔」 「いや、だって……ベース弾けたの?」 彼女は少しだけ視線を逸らす。 「ちょっとだけ」 その言い方、絶対ちょっとじゃない。 ⸻0:00 キィン、とハーモニクス。 次の瞬間。 バチンッ。 親指が弦を叩く。 低音が跳ねる。 「……は?」 パチン、ポン。 スラップ特有の弾むアタック。 空気が一瞬で変わる。 「ちょっとどころじゃないじゃん!」 「まあ、趣味?」 趣味のレベルがおかしい。 ⸻0:42 リズムが加速する。 親指と人差し指が、信じられない速さで交互に動く。 スラップとポップ。 低音が跳ねて、踊る。 「ずるい」 「何が」 「そんなの、楽しいに決まってるじゃん!」 私はチョコミント色のギターを思いきり鳴らす。 カッティングを合わせる。 グルーヴが一気に太くなる。 ⸻1:24 急に彼女がニヤッとする。 「見てて」 バチバチバチッ。 高速スラップ。 ゴーストノート混じり。 音が粒になって飛び散る。 「ちょ、待って待って!」 追いつこうとして、私も必死に刻む。 でも楽しい。 悔しいけど、楽しい。 ⸻1:51 ハーフタイムのノリ。 ブンッ、と太い低音。 からの、鋭いポップ。 体が勝手に跳ねる。 「なにこれ、最高」 「でしょ」 余裕の顔。 くやしい。 でも、かっこいい。 ⸻ 突然、彼女が前に出る。 スラップでメロディを弾き始める。 高音域まで跳ね上がるベース。 「ベースってそんな歌うの!?」 「歌わせるの」 親指が、弦を叩くたびに笑っているみたいだ。 ⸻ 「隠してたの?」 「別に隠してない」 「言ってないのは隠してるのと同じ!」 彼女は少しだけ笑う。 その笑顔がまた余裕で。 私はギターを強く握る。 負けたくない。 でも、今はそれ以上に。 ⸻2:18 楽しすぎる。 ⸻2:31 高速スラップの連打。 人工ハーモニクス混じり。 跳躍。 止まらない。 「人間?」 「一応」 さらっと返すな。 でも目は楽しそうだ。 ⸻2:59 奇数拍子のグルーヴ。 跳ねる低音。 ズレてるのに、気持ちいい。 「落ちないでよ」 「そっちこそ」 目が合う。 笑う。 音で会話してる。 言葉いらない。 ⸻3:12 テンポ感が上がる。 スラップとポップがさらに加速。 低音が暴れる。 私はコードをかき鳴らす。 チョコミントのボディが震える。 「ねえ!」 「なに!」 「楽しすぎ!」 彼女が少しだけ照れた顔をする。 「それならよかった」 ⸻3:26 最後。 二人同時に止める。 ビシッ。 一瞬の静寂。 低音だけが、ぶぅん、と長く伸びる。 そして完全停止。 ⸻ 息が荒い。 汗がにじむ。 私は真っ先に言った。 「なんで今まで言わなかったの」 彼女はベースを軽く叩く。 「そのうち見せようと思ってた」 「今日でよかった」 心からそう思った。 だって今。 私の相方は、 ただのクールな子じゃない。 スラップで世界を跳ねさせる、 最高のベーシストだった。