表現というものは時に無言で 静と動があるならば それは静の表現 空白もまた一つの静なのかもしれない 今見ているのは多面の世界 何かが欠けてもそれはそれではなくなる なんだってそうでしょ 人だってね 天秤が傾きすぎたら壊れてしまうよ 目を伏せる部分もきっとあるだろうね みんな 勝手なものを見ているんだ それはみんなが思う姿 今見ているのは夢の中なのかもしれない どちらが現実なのかなんていうのはきっと曖昧なんだろうけどね 人は信じる姿にしか見えない 勘違いや思い込みなんてあるものさ ほんとの姿なんて自分すらもわからないけどさ そんなもの初めからきっと何もないんだ ただそうであると思うだけでね 不思議なものさ みんな勝手なものを見ているんだ それは幻かもしれないのにね 信じるということは時として 真実を歪めるものさ 真実以上の何かがあるんだろうね それは意味なんて重要じゃきっとないんだ ただそれの”存在”があればね 見える世界 見えない世界 裏と表のように 光と闇のように 真実と嘘のように キミと僕のようにね 天秤が傾きすぎたら壊れてしまうよ 目を伏せる部分もきっとあるだろうね みんな 勝手なものを見ているんだ それはみんなが思う姿 それはみんながおもいたい姿 僕達は何を見ているのだろうね