
《海は上へ》
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V5.5
胸の奥で ひとつ 手のひらで ひとつ わたしが沈むたび 海は上へ流れていく 光は揺れて 銀だけひかる ゆっくり ゆっくり その下へ 水面は 裏返った窓 波が光を 細く切る 魚の群れが ひとつに曲がる 影だけ少し 遅れて曲がる 泡は迷わず 上へ行く わたしの横を 追い越して 見上げるたび 明るさだけが 小さな形に なっていく 胸の奥で ひとつ 手のひらで ひとつ わたしが沈むたび 海は上へ流れていく 赤から先に 消えていく 銀だけ最後まで ひかる ゆっくり ゆっくり 青の中へ 水が耳もとを なぞっていく 髪が頬から ほどけていく 指の先から 冷えていく 爪の裏まで 冷えてくる 腕を動かすたび 水は少し 厚くなる 肩は軽いまま 胸だけ 重くなる 息を吐けば 小さな輪 口もとで揺れて 上へ行く ひとつ ふたつ 触れる前に 形を変える 開いた指には 何も残らない 胸の奥で ひとつ 手のひらで ひとつ わたしが沈むたび 手の音まで 丸くなる 光は細く 青は深く ゆっくり ゆっくり 暗さの中へ 光が遠のくたび 音だけ近くなる 耳もとを流れる音 泡がほどける 細い音 手を打てば 音は水で 丸くなる 広がらないまま 手もとに残る 胸を打つ音は 近すぎて 身体の中か 水の中か もう 分けられない 胸の奥で ひとつ どこか遠くで ひとつ わたしが沈むたび 海は上へ流れていく ひとつ ふたつ ほどけながら ゆっくり ゆっくり 音の中へ 水の音 胸の音 遠い音 そのあいだを まだ 沈んでいく


