広縁の板は 夜の温度を覚えている 湯上がりの足を置くと どこか遠い町の 記憶のように ひんやりとする 売店で買った 土地の酒 名も知らぬ 小さな蔵の 小さな誇り 瓶の中には 山の影が 沈んでいる 友が笑う その声は 障子を越え 庭石を越え 夜の闇に ゆっくり沈む 私は その沈み方を しばらく眺めている 酒を口にすると この町の水が 舌の上でほどける 旅とは 不思議なもので 一晩泊まるだけで 人は 少しだけ その土地の住人になる 遠くで 川が流れている それが本当に川なのか それとも 夜そのものなのか 私には よく分からない もう一杯だけ そう言いながら 瓶の底が 少し軽くなる 友が 酒を注ぐ音 静かな夜に やさしく響く 布団は もう敷いてある 明日になれば またそれぞれの町 それでも 今夜だけは この町の夜が 私たちのものになる 瓶は いつの間にか 空に近い 友が言う 「また来ような」 その言葉だけが 今夜いちばん 静かに響いた