
友の名を弾く夜
夜の森を 息を殺して 逃げる列に 白き影が迫る 風より早く 祈りの軍靴 枝を折りながら 跡を追ってくる 母は子どもの 口を塞いで 護衛の騎士は 剣を握る 振り向くたびに ひとつ火が消え 泣き声さえも 土に沈んだ リュシアンはただ 前を見ていた ゼノンの手だけ 離せずにいた 王子であること 何も守れず 友ひとりさえ 守れぬままで 白き御旗は 闇に翻り 聖なる名前で 刃を振るう 逃げろと誰かが 叫んだ時に 冷たい光が 僕へ向かった 走れ 走れ 夜が切れるまで 祈りの足音が 背中を追う 友よ どうか その手を離すな まだ明けぬ空に 僕を残すな 振り下ろされた 白き刃を ゼノンは僕の 前で受けた 背中に開く 赤き傷跡 その手はそれでも 僕を押した リュシアン 行けよと 笑おうとして 唇だけが うまく動いた マンドリンだけ 胸に抱きしめ ゼノンはよろけて 闇を越えた 護衛の騎士も 少なくなって 声なき列は 崩れかけて 鐘なき塔が 見えた頃には 命の炎が 風に揺れていた 走れ 走れ 夜が切れるまで 祈りの足音が 背中を追う 友よ どうか 眠らないでくれ まだ君に 言うことがある 崩れた礼拝堂 石の床に ゼノンはそっと 身体を預けた マンドリンを 僕の手に乗せて もういいんだと 小さく笑う 身分は違えど 君は僕を 友として 見てくれた ありがとう リュシアン その声が 夜にほどけた 僕はその手を 握りしめても 返らぬ熱を ただ探してた 王子と呼ぶ声も 護衛の足音も 遠く遠く 消えていった 残されたのは 古きマンドリン 君の指跡 君の息 教えてくれた 最初の調べ 震える僕の 手に残った 友よ眠れ この弦の中で 消えゆく声を 夜に渡そう 名を失くすな 歌を失くすな 君がくれた音を 僕は抱いていく うまく弾けない 拙い音が 壊れた天井へ 静かに昇る 涙で滲む 星の印 青き雫が 揺れていた 友よ眠れ 僕のそばで けれどその名は 決して眠らせない ゼノン 君がくれたこの弦で 僕はいつか 真実を歌う 友よ眠れ この弦の中で 消えゆく声を 夜に渡そう 王子の名より 重きものとして 我が友ゼノンの 名を胸に抱く これぞ 我が友ゼノンの 名を取り戻す 歌 夜明けの前に 一曲が終わり 礼拝堂は 静けさに戻る けれどその弦は もう独りではない リュシアンの胸で ゼノンの名が鳴る

