
cough 乾いた音がした 幕の奥で 誰かが私の名前を呼んだ 赤いリップで塞いだ 言えないままの朝 鏡の中の私は 少しだけ上手に笑う 昨日の続きみたいに あなたのシャツを畳んで 終わったはずの場面に また灯りをつけた 台本なら破れた アドリブなら慣れてた なのに最後の一行だけ 喉の奥で絡まった これはただのエチュード さよならの形をなぞっただけ 終わらせるつもりだったのに またあなたの名前を呼んだ 愛じゃないと知っていた でも愛みたいに抱きしめた 拍手もない暗い部屋で 私はまだ降りられない 嘘は綺麗に言えた 涙も好きに流せた 欲しい言葉を選んで あなたの傷に飾った 優しいふりをしたのは あなたのためじゃなくて 嫌われる役さえも 演じ切れなかったから スポットライトが熱い 肌だけが覚えてる 本音と虚言の境目で 息をするたび咳き込んだ これはきっとエチュード 本音に似せた嘘を抱いて 愛じゃないと知りながら 同じ夜へ戻っていく 終幕なら分かってた でも幕紐をほどけなかった 誰もいない客席まで 私の声が逃げていく ねえ、さよなら たった一言が どうしてこんなに重いの ねえ、さよなら 言えたならきっと 悪い女になれたのに 笑って 泣いて 抱いて 黙って 全部、芝居にできたなら まだ綺麗でいられたかな カーテンコールはいらない もう一度もいらない けれど最後の咳払いが 合図みたいに響いてる これが最後のエチュード 咳払いひとつで幕を閉じて 言えなかったさよならだけ 私の喉に残っている 愛じゃないと知っていた でも嘘だけではなかった 虚構でも現実でも あなたを失くせなかった 暗転した部屋で まだ息をしている cough 幕は下りた はずだった

