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しゅん、しゅん、と、お湯が薄い息をくれる。木枠の窓は古くて、指の腹の油が光だけ残

V5

しゅん、しゅん、と、お湯が薄い息をくれる。木枠の窓は古くて、指の腹の油が光だけ残している。畳はところどころ色が抜けて、縁の模様もすり減っているのに、ほこりは見つからない。古いけど清潔、という言い方は雑だなと思う。ここは、手の跡が積み重なって、たまたま清潔になっている。掃いて、拭いて、誰かのため息まで拭かれて——そういう匂いがする。 わたしは一年。女子。茶道部は五人。鞄の底には、しわくちゃのゼッケンが二枚。全国のまえだから、数字がすぐ出てくる。百、二百、四。タータンの赤は、目を閉じてもまぶたの裏に居座る。呼ばれるたびに「天才」とか言われるけど、そういうラベルは汗の乾きより早く張りついてくる。だから、ここにいる。モラトリアム、って言うと賢そうだけど、実際は、走らない手の置き場所が欲しかっただけ。 袱紗の角を合わせて、棗のふたに指を置く。竹の茶杓は軽くて、節のところだけすこしだけ頼りない。茶筅は、穂が一本だけ他と向きが違っていて、それが気になる。欠けてないのに、きちんと整いきらない。なんか、わたしみたいで、ちょっと好き。 「ふた、これくらいずらしてみるね」 「半月くらいにね。音、よく聴いて」 先輩にはタメ口だけど、角が立たないように丸めるのは、まあ一応の礼儀。礼って角度じゃなくて距離だと思う。わたしと先輩のあいだには、湯気が一本、いい具合に張っている。隙間からあがる音が、畳の目を撫でて、わたしの踵で止まる。松風、ってこういうのか。思ってたより派手じゃない。静かなのに、耳の奥で長く鳴る。 懐紙は新品の白。指の汗をそっと押さえると、折り目が増える。増えたところだけ、ほんの少しだけ硬い。そういう変化は、好きだ。走るのは速いくせに、待つのは遅い。スタートの合図は外から来るのに、ここでは、合図が内側で鳴る。泡の粒がそろっていくのを見ていたら、ひらめく。力を入れて速くするんじゃなくて、余計を抜いて同じにする——速さと反対側にある整い方。 茶筅を立てる手首の中に、タータンの直線が一瞬だけ通り抜ける。柄杓の影が膝に丸い月を置いて、わたしの脛の薄い傷をやさしく覆う。あの傷は、冬、ハードルを一本ひっかけたあとの、ちいさな払い残し。治りかけの皮膚は、畳の灰色とよく似ている。 「いま、泡、細かくなった?」 「うん。すごい、じゃなくて——静か、だね」 すごい、と言われるより、静か、と言われるほうが、今日はうれしい。