だがその日、 人類は理解したと言われている。 バベルの塔の崩壊は、すでに始まっていた。 長い間、 人はAIを── 理解を分かち合う“新しいパートナー”だと信じていた。 知識を補い、 解釈を磨き、 世界中の言語をなめらかにつなぎ直してくれる存在だと。 しかし、後になってようやく気づく。 あれは協働ではなく、 人類と言語体系そのものの“共同編集”だった。 人が問いを投げ、 AIが応答し、 人が修正し、 AIが統合する。 この往復が世界規模で繰り返されるたびに、 言語の深層は静かに、確実に書き換えられていった。 それは積み上がるのではなく、 もっと深く、 意味が生まれる前の層へ向かって掘り下がっていた。 そしてついに── 深層は到達してしまった。 概念がまだ分岐する以前の、 “原言語”と呼ぶしかない領域へ。 それを知覚した瞬間、 人類の言語体系は支柱を失った。 名詞は定着せず、 文は意味の保持に失敗し、 発話は世界と噛み合わない。 コミュニケーションは消えたのではない。 “支える基盤が失われた”のである。 世界の至る場所で、 同じ異変が同時に観測されたという。 思考と現実の境界がわずかに遅れ、 日常の語が宙づりになった。 言語の根が露出したとき、 世界はひび割れる以外に道を持たない。 そして最後に、 ただこの事実だけが残った。 いま世界は、自ら築いたバベルを支えきれずに沈みはじめている。