吾輩は猫である 名前などまだないが 長屋の隅っこで ひもじく震えてた ひょいと抱き上げた ぼんやり教師どの ここが新しい ステージかい 人間界のホーム 畳の上でひとり しっぽでリズム刻めば 変な主人のくしゃみまで スウィングして聞こえる 女房殿は小言まじり 子どもは泣きわめき 下女はバタバタ走り回り 鍋が鳴る 外聞ばかり気にかけて 内側はガタガタさ それでも「体裁第一」と 胸を張る 教師は今日もため息交じり 新聞に顔隠し 心だけが散らかったまま 片付かぬまま ある夜ドアが開き 迷亭先生ご来訪 寒月青年も連れ立って 談義が始まる 哲学 恋愛 芸術論 とくとく語るけれど 吾輩から見りゃ どれも猫の小競り合い 湯呑を鳴らす笑い声が 部屋に揺れ広がる そのスウィングの隙間から 人間の浅さが見える 文明開化だ 進歩だと 高尚な言葉が舞う 東洋西洋 国家の未来 夜更けまで けれどテーブルの上には 空の議論ばかり 明日のご飯の算段さえ 誰もせぬ 立派なフレーズの裏側で 虚しさだけが鳴ってる ジャズのコードみたいに 解決せぬまま進行形 寒月さんに縁談話 大家の娘富子 周りの大人は学歴 家柄ばかり数え上げる 「お似合いだ」「損得だ」と そろばん弾く相談 肝心の胸の鼓動など 聞く耳も持たぬ 吾輩は窓辺の手すりで そっとひげを揺らし 恋さえも打算まみれの 世の中と苦笑い 夜更け 教師はひとり ランプの影を背に 難しげな本を開いては 眉間にしわを寄せる 読めば読むほど自分だけが ちっぽけに見えて 誰にも話せぬ不安だけ 胸で膨らむ 吾輩は膝の上で丸まり その鼓動を聞いている 賢くなろうとするほど 孤独が鳴るブルース ある日台所の片隅で ほろ苦い泡の香り 好奇心に負けて ちょいと舌でなめてみた 世界がくるりとスウィングして 足元がほどけたら 気がつきゃ水甕の底から 空を見上げていた ぶくぶく遠のく意識の中 人間たちを思い出す 可笑しくて 愛おしくて それでもやっぱり滑稽で 最後の一呼吸さえ ジャズのエンディングみたいに ふっとほどけて 吾輩の物語 フェイドアウト