
海の家から流れる重低音。それすら掻き消すくらいにウザい、背後からのねっとりした足音。「ねえマジで激マブ、お茶しよ?」鼓膜に触れた瞬間に脳内で引き金が引かれる、(ドンッ!!)という防衛本能の銃声。汗と安物の香水が混ざったドブみたいな臭い。すれ違いざま、視界に入ったのはテカった肌と、サイズ感の間違ったピチピチのTシャツ。「LINEだけでいいからさ、減るもんじゃないし」その安っぽい言葉の弾丸、1ミリもウチの心の防壁(バリア)をかすりもしない。ウチは無言でバッグを開け、アルコール99%のウェットティッシュを引っ張り出す。ほんの一瞬、触れそうになったウチの腕の皮膚。そこを、ウイルスを滅菌するかのように、皮膚が真っ赤になるまで無表情でガシガシと拭き取る。繊維が擦れる音だけが、ナンパ男の引きつった笑顔を冷酷に切り裂いていく。ここでトドメの、本日一発目の決定的な銃声。「マジでゴキブリ並みに生理的に無理だから、その薄い財布持って早くどっか行ってくんない?」隠そうともしない、指を喉の奥に突っ込むあからさまな嘔吐のジェスチャー。男のプライドがガラス細工みたいに粉々に砕け散り、砂浜のゴミクズと同化していくのがハッキリ見えた。なのにその男、まだ死に体で現実逃避の妄言を吐き散らし始める。「俺さ、実は港区にタワマン持ってて、普段はこんなとこ来ないんだけど」ペラペラと軽い嘘の弾丸を並べて、必死にマウントを取ろうとする哀れな姿。「来週、身内だけでクルージング行くからさ、特別に招待してあげてもいいよ?」震える声で張る虚勢が、波の音に虚しく吸い込まれていく。ウチは冷え切った薄笑いを浮かべ、ただスマホの画面を見つめたまま完全にシカト。会話の価値すら感じないから、画面をフリックする指先は止めない。だけど、男の腕元でチャチに輝く、一目でパチモンと分かる「高級時計(笑)」にカメラのレンズを向ける。一切の躊躇なく、その哀れな虚栄心の裏側を動画でキャプチャする。タイムラインに、目に見えないウチらの反撃の銃声が、何度も、何度も、容赦なく鳴り響く。消えることのないデジタルタトゥーの蜂の巣の出来上がり。「ウケる、ビーチにタワマン(自称)の偽物時計ナンパ師いたわ(笑)」一瞬で拡散されていく、汗まみれでブサイクに歪んだ男の言い訳中の顔写真。ウチのフォロワーたちの嘲笑の弾丸が、全方位から男の社会的生命をハチの巣にしていく。上空を不吉に舞うカラスの鳴き声が、まるでこの男の葬送曲みたいに響いている。足元には、誰かが飲み残してぬるくなったストロング缶。最後、引き金が静かに引かれる音がした。カチャリ、と虚しく響くのは、もう弾の入っていない空砲の音。「あ、ウチらそんなに安くないんで、一生ネットの底で晒されてなよ」男のブツブツと呟く「すいません……」という声を置き去りにして、ウチはヒールを鳴らして、次のクラブへと歩き出す。

