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線まで届かない

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V5.5

『線まで届かない』 夜の台所で 私は見つけた カップラーメン 最後のひとつ 疲れた身体に 温かいものを 今すぐ 流し込みたかった フタを剥がして スープを入れて かやくの袋も ちゃんと開けた 線のところまで お湯を注げば 未来は三分で 温まるはずだった 私はポットに 手を伸ばした 白いボタンが 静かに光った 私はポットに聞いた そんな湯量で 大丈夫? ポットは言った 大丈夫だ 問題ない その声を信じて 私はフタを開けた ちょろ ちょろろ 線まで届かない あと少しが足りない 粉末スープは まだ夢を見ている 線まで届かない この夜に足りない 湯気だけ立派で 心だけ熱くして 線まで届かない 押しても祈っても 給湯ボタンは 静かに 冷たい音を返した カップの中で 麺が傾く 沈んだ部分だけ 色を変えた 私はポットを 見つめていた ポットは少し ランプを落として言った ごめんな 俺が自分の湯量を いちばんわかるんだ だから そんな顔するなよ いや さっき大丈夫って 言ったよね なんで見栄 張っちゃったのかな かっこつけたかったのかな そんな湯気まで 出して 信じさせるような 顔して 問題ないって 言ったよね そのランプで その湯気で 私に 信じさせたよね 線まで届かない あと少しが足りない 責めたいのに 責めきれない 空っぽなのは 私だけじゃ なかった 線まで届かない あと少しで泣ける お湯が足りない だけなのに なぜか胸まで 乾いている 再沸騰まで あと三分 時計で見れば ただの三分 だけど今の私には 一生よりも 少し長い くわえた割り箸が ぶんぶんと空を切る 今なら割り箸だけで 世界を切れる気がする 誰か 誰か助けてください ここが世界の中心なら 愛を叫ぶところだけど ここは台所で 私は割り箸を くわえている 線まで届かない あと少しが足りない 温まりたいだけの 夜だったのに 線まで届かない あと少しが遠い 満たされるはずの 私が 半分だけ沈んでいる 線まで届かない だけどもう戻れない フタを閉めた 割り箸も割った 足りないお湯で 始めた夜を 私は食べるしか なかった 三分待った 信じて待った フタを開けたら 湯気だけは立派だった ラーメンの底だけ 妙に柔らかかった 上の麺だけが まだ世界を 拒んでいた ポットは静かに 温め中だった 私は呟いた 次は 水から 確かめる