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シエラと呼ばれた弦

V5.5

ひとつの音が 工房を満たし 木々の香りが 夜へ変わる 壁の楽器が かすかに震え 古き記憶の 扉が開く 遠き夕暮れ 工房の前 老いた歌人が ひとり立つ 腕に抱くのは 傷ついた 星の印の マンドリン 扉を開けた 古き職人 その弦を見て 息を呑んだ 星の徽章と 青き雫 それは昔の 献上の印 あなたは まさかと 問いかけた声が 夜に止まる ゼノンは静かに 首を振り 名はもう 歌に置いてきた ただこの子を 直してほしい 長い旅で 傷ついたから シエラ もう少しだけ おまえと共に 歌いたい 呼ばれた名前が 弦に染み込み 木々の深くで 光を灯す それはまだ 誰も知らない 彼女が目覚める 前の歌 職人はそれ以上 名を問わず ただ両手で 弦を受けた 王冠ではなく 剣でもなく 木と弦だけが その人を語る ゼノンはそっと 壁にもたれ 間に合ったなと 小さく言った シエラ 聞いているか ここならきっと 直してくれる その指先が 弦を撫でる 愛しきものに 触れるように 旅の夜も 砂の朝も その名はいつも そばにあった ただこの子を 直してほしい わたしの歌は もう尽きるから シエラ 先に眠るな もう一度だけ 声をくれ 呼ばれた名前が 弦に染み込み 木々の深くで 命を待つ それはまだ 誰も知らない 彼女が生まれる 前の歌 夜が深まり 火が細くなり 工房の灯りが ひとつ瞬く 修理の前に 朝は来なかった ゼノンの息が 静かに溶けた シエラ 最後の声が 弦に落ちる その名前だけが 消えずに残る 職人はただ 目を伏せて 言葉もなく 帽子を取った 名を刻むことは できなかった けれど忘れることも できなかった 工房の裏に 小さな塚 木々の根元に そっと作る 王の名でもなく 英雄の名でもなく ただ旅人として 土に返す けれどその夜 残された弦が 誰も触れずに ひとつ鳴いた シエラと呼ばれた 古き弦よ その名は木々の 奥に残る 抱かれた記憶 愛された記憶 歌人の鼓動を まだ覚えてる シエラと呼ばれた 古き弦よ 長き夜から 目を覚ませ 呼ばれた名前が 命に変わり その弦を抱いた 彼女が目を開ける 工房の隅に 朝が差し込み 空の場所だけが 静かに残る 誰かの声に 呼ばれたように 彼女はそっと 名前を呟く シエラ それが初めての 自分の名だった