
朝の廊下を 爪が鳴らす カチリと響く規則正しいビート ラグの段差で 君の足先が ほんの半歩だけ躊躇ったこと 僕は 見逃さない 乾いた鼻先 指先をあてて 言葉を持たない君の沈黙を 静かになぞる 痛みを隠すのは 遠い野性の掟だから 甘えるように目を細めても 誤魔化せない胸のサイン カレンダーの丸印 今日は君の日 歩幅の遅れを見落とさない 抱き上げた重みの微かな変化を 診察台の冷たいステンレスの上 あたたかな背中を両手で包む Listen to your breath, 銀の聴診器があてる場所から 君の明日を僕の手でつなぐ シリンジの針 レントゲンの青い影 血液の数値が語り出す事実 気づかれずに育ちかけた影の芽を 今ここで摘み取るためのカルテ 震える耳の付け根 撫で続けながら 「怖くないよ」と心拍を合わせる 言えない痛みを 背負わせたまま あとで悔やむのはもう嫌だから 年に一度のこの約束が 来年の春も その次の冬も 同じ歩幅で並んで歩き続けるための日 心配の霧が晴れてゆく 「早く気づけてよかったですね」と ドクターの声が告げる安堵 Check your pulse, 生きてゆく時間を買い戻した午後 重たい診察室のドアを開けて 青空の匂いをふたりで吸い込む 帰り道の足音 また軽やかに跳ねて いつもの散歩道 風が毛並みを揺らす 来年の今日も ここで手を繋ごう 長生きしてね 僕の沈黙の家族

