自責であると自覚しているなら あたし にもまだ救いは来るのでしょう どこかで聞いた 教義 を言い訳にして 夢裡(ゆめ)の中でも体裁を繕っているらしい つまり合理化とは そういうものだと 分かっていながら そっと逃避していたいのよ 今日は けれど また 足音に追われてる もっと微睡んで いたいのです 今日も けれど ほら 暁は迫ってる 知らぬ間にもう 疲れ果てていて 水たまりすら 跨げなくなった あたし は 救いの夢さえ見えなくなってしまった 臆病な自身への報いなのでしょう 曖昧にしていた 輪郭は無情なほど 明確に具象化され ふっと 消えてしまいたいのよ 今日は けれど まだ 面影が引き留める ずっと真秀場を見ていたいのです 今日も そして また 宵闇に埋もれてく 後ろめたさは相も変わらず まだ あたし を責め苛むのだろうけど もう夢に逃げ込む事も無いのでしょう もはや何かを悟ろうとも思ってはいないしね 世情とは あまりにも 厳しく 虚しくて そして 儚く まして 神秘ではなく ただ なぜこんなにも どうしようもなく 尊くて美しいのだろう すっと瞼を開ければそこに 今日の その目覚めを讃える希望の曙光 きっと 世界が開けるのかもしれないから それが この覚醒の源なのです そんな 慎ましく身勝手な願いなのです


