
記憶も一緒に炊飯してしまった
四合炊くだけだった ただそれだけだった 白い米びつの前で 私は計量カップを握った 夕飯には少し多め 明日の弁当もあるから 今日は四合炊こうと 私は静かに決めていた テレビは笑っていた スマホは伏せておいた 今度こそ大丈夫 邪魔するものは何もない 一合 ざらりと落ちた 二合 釜の底に積もった 三合 その時だった 冷蔵庫が低く ブーンと鳴いた 今の数えた? いや数えたよね? たぶん三合 きっと三合 白い粒たちは 全員同じ顔で 私の不安を 黙って見ていた 一合 二合 三合 待って 今の一杯 数えたっけ 四合目に 辿り着けない 白い沈黙が 釜に積もる 一合 二合 もう一度やり直す 炊飯器だけが 真実を知る 最初から数え直した さっきの米も戻した いや戻したつもりで 少し残ってる気がした 家族が聞いた しゃもじどこ? その一言で 世界が割れた 一合 たぶん一合 二合 いや今の二合? 三合 行けると思った スマホがピロンと 命を奪った 通知はただの 広告だった なのに私の 記憶は消えた 水位線が こちらを見てる 二合の顔か 三合の顔か 一合 二合 三合 なんで 今の音で 全部飛ぶの 四合目に 辿り着けない 米びつの底で 何かが笑う 一合 二合 声に出しても 換気扇だけが うなずいている 私の記憶も 炊飯してしまった もう誰も 話しかけないで テレビも消した スマホも伏せた 冷蔵庫にも 優しく言った 今だけは 静かにして カップを持つ 息を止める この台所に 私と米だけ 一合 二合 三合 ……四 一合 二合 三合 今の 誰か 何か言った? 四合目に 辿り着けない 顔を上げても 誰もいない 一合 二合 三合 四合 自分の声さえ 信じられない 白い粒だけが 釜に積もって 私のことを 責めずに見ていた 結局水は 勘で入れた 炊飯ボタンを そっと押した ピッと鳴った 判決みたいに 台所に 夜が戻った 少し硬いねと 誰かが言った 今なにか言った? 誰も 何も 言っていなかった 米だけがいる

