
■第2話 『仕込み』 入社式から1週間が経った。 日が昇る前。 誰もいないグラウンド。 空気が冷たい。 結人が、 一人、仕込み場にいる。 「……よし。」 昨日出来なかった行程を もう一度練習するために、 朝早くに出勤した。 まず手を洗う。 “粉”を見る。 深呼吸、する。 「今日で1週間か……」 目の前の“小麦粉”を指先で ゆっくりと触れる。 昨日言われた、 言葉を思い起こす。 何度も繰り返すが どれが正解なのかが わからない。 目の前に広げた粉を 円を描くように混ぜ合わせる。 丁寧に。 慎重に……。 粉が舞わないように。 そのとき、 後ろからの声。 「違う。」 「えっ」 慌てて振り返る。 灰谷が、 居た。 「いつから居たんですか?」 「粉を……目で見るな。」 「え? あ……はい。」 目で見るなと言われても… 「いいから、触れ。」 配属後、すぐに この人に付いて 教わることとなったが、 教わると言うより ただ、 指摘だけされてる感じで、 他には、 何も教えて貰えない。 「違う。」 …え?…何が? 「もう一回。」 …え?…なんで? 「やり直し。」 …え?…また? …これ、 正解ってあるのか? 常に無表情。 1週間同じこうていの繰り返し。 作業場の張り詰めた空気と はいたにの無言の圧に 何も言えずにいたが、 つい、 問いかけてしまった。 「あの、何が違うんですか?」 沈黙。 「……まだだ。」 「まだって……どの状態なら、 正解なんですか?」 「……待て。」 え? それだけ……? 昼になった。 作業場の片隅にある休憩スペース。 作業員数名はここで昼食をとるが、 食べた後、皆そそくさと出ていき 作業前にまた戻ってくる。 どこに行ってるのかは知らない。 知らないことが沢山だ。 1週間たったが、 いまだ馴染めずにいる。 食品会社だけど…… 思ってたより体力もつかう。 既に、腕がパンパン。 慣れない立ち仕事に足もがくがくだ。 持参した弁当を食べおえ 先に 作業場に戻ったはいたにに 視線を向ける。 既に、 粉を触ってる。 手の動き…… 「触る」というよりも、 「触れる」。 なんか、 めちゃくちゃ、 優しくないか……? 『粉と対話』 してるみたいだ。 指先に触れた粉が、 僅かに、 形を変える。 一瞬の違和感。 いま、 何かが違って見えた。 作業、再開。 再び緊張感が漂う。 「もう一回。」 「はい」 指先に、 全神経を張り巡らせる。 「違う。力、抜け」 なんで、解るんだ? この人は。 その時、 外からうっすら声が、聴こえる。 結人の手が止まる。 灰谷を見る。 「なんだ?」 作業場の粉塵が、 僅かに揺れた。 「いえ、なんでもありません」 「なら、続けろ。」 もう一度、 粉をまぜる。 すると、 「はいたにぃー」 若い男の声が ハッキリ聴こえた。 「あの、呼ばれてますよね?」 「気にするな、集中しろ。」 「え、……でも」 その時、 バン! 扉が開いた。 振り向くゆいと。 「居るじゃん! 無視すんなよ」 少し幼く見える、 20歳前後の若い男。 ふてくされ顔で灰谷を睨んでる。 え、誰…? チッ…… 灰谷の低い舌打ちは 誰にも聞きとれてなかった。 -つづく-

